マボロシの鳥

マボロシの鳥 (新潮文庫)

賛否両論

あの爆笑問題の太田光がついに書いた処女作『マボロシの鳥』は、出版されるや予想外と言うべきか案の定と言うべきか、読者の間に賛否両論が沸き起こった。「お笑いのくせに」などという一部のアナクロ人間の的外れな評価は問題外として、この小説をどう評価すべきか、読者も迷った末の結果だったのだろう。なにせ、物語としての面白さに加えて、文章から滲み出る作者のメッセージをどう受け取ったものか、都度考えながら読まなければいけないからだ。僕もまだ思案中のところがある。あなたならどう受け取るか是非教えて欲しい。

 

太田光ならではの物語

作者の思いが詰まっているとは、具体的にはどういうことか。チャップリンが喜劇と悲劇が同居していることを発見するエピソードや、そのチャップリンの「街の灯」のラストシーン、作者が昔救われたというピカソの絵、酒鬼薔薇聖斗事件の歪んだ美意識、憲法9条の思想観、向田邦子ドラマの人間臭さなど、太田光という人の思想の根本を形作る色々なモチーフや体験が、そこここに散りばめられている。

この点について、作者が前に出過ぎている、小説としては未熟だという意見があったが、確かに小説という表現方法をとるからには、そのような指摘は正しい。しかし、作者の思いが詰まった物語に接した読者の多くが、作者が主人公達に仮託した思いに、強く共感したことの方が重要だと僕は思っている。

 

「マボロシの鳥」

ここでは作品集の中核をなす「マボロシの鳥」を紹介しようと思う。「マボロシの鳥」は、時空を超えた2つの世界を舞台にした不思議な物語だ。

一方の世界は、今の僕らが住むこの世界。伝説の芸人、魔人チカブーは不思議な鳥を出現させる芸で、見る者全てを虜にし、一世を風靡していた。しかし、ある日の舞台で、彼の鳥が空いていた窓から逃げ出し、チカブーは芸を失って落ちぶれてしまう。

もう一方の世界は、どこか別の見知らぬ世界。幼い頃から一目置かれたタンガタという青年が、険しい山の頂上で伝説の鳥を捕まえるところから始まる。ただでさえカリスマだった彼が偉業を成し遂げたことで、彼は必然的に国の統治者に選ばれていく。ところが、何もかも持ちすぎたタンガタは、ある日自ら伝説の鳥を逃がす決意をする。

 

共感、つながりの大切さ

落ちぶれたチカブーがその先に見たものは何だったのか。そして、タンガタが大切な鳥を自ら捨てようと思い立った理由とはなんだったのか。

鳥を失くしたチカブーと、鳥を自ら捨てたタンガタ。立場の正反対な彼らだが、共通している。それは、誰かとつながっていると感じられれば何かに縛られる必要はない、ということへの気づきである。

・・・・・・自分は誰かと繋がってる・・・・・・。そして、・・・・・この世界は、別のどこかと繋がってる。



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