事件の真相!

事件の真相!

週刊誌を見直してみる

電車で週刊誌のどぎつい中刷り広告を見ると、下世話な興味をそそられる。政治家のカネが怪しいだの、有名人の色恋がどうだの、隣国や宗教団体のここがヘンだの。中には週刊誌発のスクープはありつつも、基本的にはイエロージャーナリズムと割り切って楽しむ程度の内容だと思ってきたのが僕個人の正直なところだった。しかし、本書はそんな週刊誌の「下半身」的スキャンダリズムこそ、キレイゴトに留まらずに下世話な関心も含めて大衆に訴えかけ、体制を批判する力があると捉えているところが面白い。

著者は、評論家のミヤテツこと宮崎哲弥と、伝説の週刊誌『噂の真相』の元副編集長の川端幹人。2005~2006年の各誌の記事を毎週取り上げ、政界スキャンダルやアジア外交、格差社会からスピリチュアルブームまで、週刊誌がどこまで問題に切り込めたのかをレビューし、週刊誌が日和見的になってしまった現在の状況を叱咤していく。

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週刊誌は体制批判できているか?

今の週刊誌は、週刊誌ならではの牙がなく、一般商業誌と比べるところがなくなってはいないか。そういう目で改めて週刊誌を見直してみると、手堅く売れる財テク記事に手を出してみたり、おじさん読者が情弱なのをいいことにネット情報の“まとめ”記事でお茶を濁してみたりと、週刊誌としてのアイデンティティは何なのか?と思うような迷走状態が素人目にも分かる。

今の「下流社会」ブームって、そういう格差を生む社会構造や経済政策への批判にはまったく向かわないでしょう。むしろ「年収500万円以下は結婚できない」「下流社会に転落したくなかったら正社員になれ」「子供を有名大学に入学させろ」なんて感じで、大衆を脅迫して競争を煽る方向にいっちゃってる。(川端)

『AERA』のようにみんなメリット論を語ってるだけだけど、昨今の市場能力主義社会ではメリット論ってすぐに「やるべきだ」という「べき論」に転化してしまうでしょ。その危険性がわかっていない。しかし、『AERA』って政治経済の記事はけっこう読ませるのに、女性向け記事はどうしてこうなのかね。自立した女性の味方のポーズをとりながら、体制補完的というか、自己慰撫にしかなっていない。これだったら、『anan』(10月5日号)のSEX特集のほうがいさぎよくて好感がもてる(笑)(宮崎)

 

それでもまだ週刊誌を読みますか?

それにしても、週刊誌はなぜつまらなくなったのだろうか。もちろん、情報に対する嗅覚やスクリーニング能力の低下という出版社自身の問題や、自主規制せざるを得ないほど訴訟による賠償負担が著しく大きくなってきた環境の問題は大きい。それに加えて、僕ら読者にも関わりがある重要な問題が、分かりやすさを求める読者のレベルだ。

最近、すごく気になっているのが、読者の問題。大衆批判はしたくないけど、読者があまりにも幼稚化・単純化しているために、スクープでも、下半身ネタみたいなわかりやすい話じゃないと、読んでもらえなくなっているらしい。(川端)

実際、テレビの世界でも「池上彰的」な子どもニュースの域を出ない薄さが大人気だし、僕の周りでも、経済週刊誌の出版社も、なんとかランキングとか、サルでも分かる的な記事にしてほしいとアタリマエのように言ってくるようになった。分かった気になる、自慢できる、お得だ、盛り上がる、憂さが晴れる、かわいい、エロい。そういうカタルシスに読者が満足している限り、週刊誌は今のような煽り的記事を書くのが合理的だし、それを措いて週刊誌を批判するのは自己矛盾でしかない。

読者として“クオリティの高い下世話さ”とは何かを考えてみるのも面白いと思う。



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