ニューヨークに見るアメリカ

ニューヨークに見るアメリカ (新潮選書)

地域研究としてのニューヨーク

著者、本間長世といえば日本におけるアメリカ研究の第一人者だった人物だ。彼は、横山雅彦先生の師である東京外語大の小浪充らとともにアメリカ学会の中心メンバーとして、現在の学際ブームの基礎となった、地域研究アプローチを作り上げた。

本書はそんな著者が住んだニューヨークを、歴史を紐解き、ガイドブック的に解説したエッセイだ。その文章には、政治学的・社会学的な分析のエッセンスはもちろんだが、分析では捉えきれない、現地の空気やアメリカ人の気質が独自の視点で描かれており、日本にいながらニューヨークという社会の深層をうかがうことのできる面白い1冊になっている。

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Statue of Liberty designed by Kelly Hamilton from the Noun Project

ニューヨークからガヴァナビリティを考える

ニューヨークを考える上で、重要なキーワードは「ガヴァナビリティ」(統治可能性)である。著者は、ニューヨークの交通手段が高架鉄道(通称“L”)から安全で効率的な地下鉄に変わる中で、人々の間の心の“すきま”がなくなり、徐々に互いに非寛容になっていく様を描いている。あくまで印象論ではあるが、東京を含む大都市では多かれ少なかれ共通したところがある気がする。

こうしたガヴァナビリティに影を落とす遠因として、著者は統治構造の変化に目を向けている。要するに、以前はニューヨーク市(タマニーホール)がボス政治で市民を満足させられたが、大恐慌以降は、財政的にニューヨーク州やアメリカ政府へのお伺い機構に過ぎなくなったことや、資本家は都市部、平均的な大衆は郊外、残りは都市と郊外の間の「灰色地帯」と地理的な色分け進んだことで、特に後者の地域ほど閉塞感に苛まれがちな状況に追い込まれたことなど、社会をまとめあげる求心力が構造的に低下しているところに問題の根っこがある。このあたりは、まさに日本の統治的行き詰まりを考える上でもヒントになると思う。

 

ニューヨーカーとキリスト教的プラグマティズム

アメリカでは「成功するための法」的な自己啓発本に人気がある。著者がアメリカに在住していた頃は、ピール牧師の『積極的考え方の力』が大ブレイクしていた。ピール牧師は、哲学者ウィリアム・ジェームスのプラグマティズムを下敷きにしていたという。では、アメリカ人に広く受け入れられているキリスト教的プラグマティズムとは何なのだろうか。著者はユニオン神学校の宗教家ニーバーの著作から、その背景を読み解いていく。

アメリカの保守主義は伝統的な意味での保守主義では決してなく、リベラリズムの一種に過ぎないこと、アメリカのリベラリズムの楽天主義は、キリスト教を純粋な理想主義と同一化してしまったこと、アメリカ人の問題は、保守主義の英知とリベラリズムの人間味あふれる美質をいかに合わせるかに存することを、すくなくとも私はニーバーから学んだのである。

キリスト教のプラグマティズムとは、「罪深い人間」から「よりよきを目指す人間」への転換であり、この楽天主義はアメリカ人を支えるパワーである一方、リベラリズムを感傷的なものにしかねない。こうした日本人には見えないところに、アメリカの政治や社会を左右する力が働いている。

喜びも怒りも合わせて、ニューヨークの奥行は深い。(中略)結局のところ、真のニューヨーカーがニューヨークについて知っている唯一のことは、この都市を知ることはできないということであると述べられている。ピート・ハミルのこの言葉は、ニューヨーカーでないわれわれをむしろ元気づけるのではないか。ニューヨークという都市を読み解くゲームはまだ終わっていない。ニューヨークについて、われわれはまだ語り続け、歌い続けることができるのである。



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