憲法九条を世界遺産に

憲法九条を世界遺産に (集英社新書)

憲法九条、変える?変えない?

2006年9月の安倍内閣誕生によって、これまであいまいにされてきた憲法九条の問題、つまり日本の安全保障に関心が集まっている。日本国憲法第九条を改正し、独立国として防衛力を正式に保持することを前提とした安倍首相の「美しい国」づくりには、多くの人が共感し、高い支持率を示しているわけだが、この支持はどこまで国民の“理解”を表しているのだろうか。

もちろん、戦後の自虐史観と呼ばれる「サヨク」思想のもと、これまで「平和はスキ、戦争はキライ」という思考停止で済んでいた時代はもう終わっている。日本近海の領土問題、アジアのパワーバランスの変化、テロとの戦いに対する意思表明などにおいて、僕たちはどんなスタンスをとるのか。これからもアメリカの庇護のもとで、日本の国益を守っていくことができるのか。そうした議論と向き合わざるを得ない局面ばかりだ。

しかし、ここで確認しておきたいのは、憲法九条を変えることが問題の解決に本当に資するかである。僕は憲法九条をいかに変えようと、本質的な問題は解決できないと考えている。なぜなら、日米地位協定に代表される構造的なアメリカ依存は何も変わらないからである。その意味で、安倍首相が掲げる憲法改正は、彼のトラウマ的こだわりか、従米政策が形を変えただけとしか映らない。

じゃあ、憲法九条は変えない方がいいのか。本書『憲法九条を世界遺産に』は、世界平和の理念を体現する憲法九条は「変えてはいけない」と主張する。しかし、結論としては、こちらの議論もスジが悪いと思っている。結局、アメリカに依存する構造があってこその楽天的な議論だという「サヨク」批判は免れないからだ。結局、憲法九条を変える・変えないという議論に終始している限り、出口はないのである。

 

日本国憲法 第九条

 

憲法九条にこだわる意義

ということで、本書に対しては厳しい評価にならざるを得ないことを冒頭で述べてしまった。しかし、実は太田光・中沢新一の憲法九条にこだわる議論の中には、非常に重要な視点・示唆もあったというのが読後の感想だ。ひとことで言えば、憲法九条を一国平和主義ではなく、国際平和主義の理念として働きかけることに、憲法九条を掲げる日本ならではの可能性を感じた。より具体的には、日本は国際紛争の解決を国際法(国連憲章)に委ね、国際法に基づく紛争解決のためにリソース(資金や軍備)を積極的に提供する。それにより、大国が国際法の枠外でパワーを行使することへの監視を強めるという形で、国際平和に貢献できるのではないか。

第二次世界大戦の終結後、冷戦状態になるまでのほんの短い期間ではあったが、アメリカ・イギリスをを中心に国際平和の秩序をつくる構想が生きていた。日本国憲法は、そうした大西洋憲章(のちの国連憲章)の理念から生まれたものであり、その意味で、もともと国際法のレイヤーで語られることが運命づけられているのである。太田光が言うように、確かに憲法九条は「奇跡」なのである。

戦争していた日本とアメリカが、戦争が終わったとたん、日米合作であの無垢な理想憲法を作った。時代の流れからして、日本もアメリカもあの無垢な理想に向かい合えたのは、あの瞬間しかなかったんじゃないか。日本人の、十五年も続いた戦争に嫌気がさしているピークの感情と、この国を二度と戦争を起こさせない国にしようというアメリカの思惑が重なった瞬間に、ぽっとできた。これはもう誰が作ったとかという次元を超えたものだし、国の境すら超越した合作だし、奇跡的な成立の仕方だなと感じたんです。アメリカは、五年後の朝鮮戦争でまた振り出しに戻っていきますしね。僕は、日本国憲法の誕生というのは、あの血塗られた時代に人類が行った一つの奇跡だと思っているんです。この憲法は、アメリカによって押しつけられたもので、日本人自身のものではないというけれど、僕はそう思わない。この憲法は、敗戦後の日本人が自ら選んだ思想であり、生き方なんだと思います。

 

ドン・キホーテの夢は守れるか?

太田光は憲法九条を「ドン・キホーテ」に例えている。風車を敵だと思い込んで突進していくドン・キホーテは、滑稽である一方で、夢(物語・道義)を見て嬉々として活躍する彼の姿を魅力的に感じるのも確かだ。彼が夢を見ていられるのは、現実主義者である従者のサンチョ・パンサ(=アメリカ)のおかげだ!というのは、まさにその通りなのだが、ドン・キホーテを夢から引きずりおろすことが本当に僕たちが望むことなのだろうか。ドン・キホーテの夢を守りたいなら、日本という国は何ができるのか? 本書はそういう視座で憲法改正論議を見つめ直すきっかけになった。

憲法九条は、たった一つ日本に残された夢であり理想であり、拠り所なんですよね。どんなに非難されようと、一貫して他国と戦わない。二度と戦争を起こさないという姿勢を貫き通してきたことに、日本人の誇りはあると思うんです。他国からは、弱気、弱腰とか批判されるけど、その嘲笑される部分にこそ、誇りを感じていいと思います。

 



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