星新一 一〇〇一話をつくった人

星新一〈上〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫) 星新一〈下〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫)

ショートショート作家の素顔

日本でショートショートと言えばこの人、星新一。彼が残した1001話を超える作品は、今も重版・復刊を重ね、世界各国で親しまれている。きっとあなたもどこかで星新一の作品を読んだことがあるのでは。そんな星新一(本名:親一)とはどんな人だったか。

星製薬の御曹司として不自由なく育ち、幼い頃から既に作家の才能が窺える彼。戦後、経営不振の星製薬の社長を引き受け、債務整理の混乱に巻き込まれた彼。その後、アメリカのSFと出会うも、日本文学会のSFへの偏見と戦わざる得なかった彼。ショートショートの名手として地位を築いた後も、質の高い作品を出し続ける重圧と戦い続けた彼。

本書は、著者の最相葉月が5年もの歳月をかけて星新一の遺品を丁寧に整理し、メモの切れ端や関係者の話から、彼の様々な側面に光を当てて人間星新一を描いた労作である。

 

戦後の文壇と星の葛藤

特に印象的なのは、星が目の当たりにした、戦後文壇におけるSFへの偏見との戦いのエピソードだ。今でもそういう傾向があるが、当時の文学界における評価の基準はあくまで「人間が描けているか」。実在する人物を描くだけの時代物や、空想でなんでもアリのSFなんてもっての外という時代である。「心機一転、新しく始まる」から「新一」としてデビューした星新一は、そうした向かい風の中にいた。

しかし、彼はSFの揺籃期を支えた仲間とともに、過去にないアプローチの作品を次々と発表していく。

現実に生じていない問題は思考の外に排除すべきだという世界に住んでいるわけですか。文学が想像力を否定するものとは知らなかった。ストーリーそのものによっても人間性のある面を浮き彫りにできるはずだ。こう考えたのが私の出発点である。

ちなみに、星新一を支えた仲間というのは、今を知る僕らには錚々たる面々だ。星新一の才能をいち早く見抜いたのは日本ミステリの祖、江戸川乱歩。ハインラインの翻訳などで有名な矢野徹。その他にも、手塚治虫、阿部公房、伊藤典夫、浅倉久志、和田誠。あのタモリも気心の知れた仲間として登場する。

 

1001話を巡る壮絶な葛藤

星をはじめとするSF作家の活躍により、SFは徐々に普及し、SFは「浸透と拡散」の時代を迎える。SF好きは、コアファンから読書好きの大衆、SFの世界に夢見る小中高生へと広がっていった。読者層が広がり、SFがエンタメ化していく状況に、星は当初戸惑いを感じたものの、「分類などさほど意味はなく、作家として書きたい内容があり、それが読まれることこそ何より重要」という表現者としての本義は決して揺るぐことなく、次々に作品を世に問うていく。

しかし、700作、800作、900作と、膨大な作品を発表するにつれ、彼の心は徐々に摩耗していく。

消耗品にはならない。なりたくない。それは、ひとたび多くの読者をもち、自分の作品の多大なる影響力にうち震えた経験をもつ作家の背中に取り憑いた妄執でもあった。

量を出せば質が落ちる。しかし、表現者として作品を世に問い続けたい。しかし、質は保ちたい。彼は1000話を達成して以降も、時代遅れにならないよう過去の作品を手直しまで始める。こうなると、狂気に近い。そういえば、晩年の立川談志も行き着くところは狂気だと語っていた。

彼の晩年は、こうした葛藤に苦しんだ人生だった。それでも、永遠に残るものを創るという表現者の信念は、読者に強く訴えかけるものがある。



“星新一 一〇〇一話をつくった人” への1件のコメント

  1. clb_webmaster より:

    星新一の公式サイトでは、プロフィールや作品リストなどが見られます。特に、和田誠さんらの表紙イラスト集は、それだけ見ていても楽しいです。http://www.hoshishinichi.net/

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