屈折万歳!

屈折万歳! (岩波ジュニア新書)

しんどさと向き合うための人生サバイバル術

生きていて「しんどいな」と思う瞬間って、誰にでもあると思う。自分のこと、家族のこと、友人のこと、学校のこと、仕事のこと・・・。きっかけは別に些細なことでしかないんだけど、その些細なことが積み重なると、息苦しくて仕方がなくなるくらい“こじれて”しまうことがある。僕自身、30歳になり、親になった今ですら、幼い頃と何も変わらず全てを投げ出したくなる瞬間が(結構・・・)いっぱいあるし、ハードな職場に長年いると、仕事でこじれすぎてショートしてしまった同僚も見てきた。

そんな時に必ず思うのが、糸が切れるか切れないかは、紙一重の差でしかないということだ。僕だって、いつプッツンしてもおかしくないという恐怖を感じる。でも、それと同時に、プッツンしなかった自分の方が偉いとかそういうことを抜きに、そこまで追い詰められないための知恵のようなものも学んできた。そんなこと、誰も教えてくれなかったし、死にかけながら30歳になってようやく見極めがついてきた気がする。

そんな思いを的確に言葉にしてくれたのが本書『屈折万歳!』だ。著者は元TBSの名物アナウンサーで、現在は独立して活躍する小島慶子。彼女も、一見華々しい経歴の裏で、家族関係が悪化し、拒食症・不安障害を長年わずらい、「女子アナ」の窮屈さに反発した結果、つまはじきにあうなど、実は散々こじれ続けてきた大先輩だ(笑)。そんな彼女が10代の若者向けに綴った本書には、大人にももっと早く読みたかったと思わせる、自分を肯定して生きていく心構えがいっぱい詰まっている。

あなたもそれでいい。辛がったり苦しがったりしていいのです。みんなバラバラのしんどさを精一杯に生きている。どれも等しく、どれ一つとして替えのきかない尊い痛みなのです。だけど、楽になる方法はある。それを知ってほしくて、私はあなたに話をします。

屈折万歳!

実は誰もがジタバタしているということ

しんどくなってしまうのには、2つのパターンがある。ひとつは自分を責めてしまうこと、もうひとつは相手(個人や世の中)に嫌気がさしてしまうこと。要は、「なんで自分はこうもダメなんだ・・・」となってしまうか、「なんで誰も分かってくれないんだ!」となってしまうかのどちらかである。

まず、「なんで自分はこうもダメなんだ・・・」と自分を責めてしまうこと。もちろん、自分を追い込むことで成長できることもあるから、そう自分で割り切れるなら問題ない。でも、そんなに追い込まれる必要って本当にあるの? そう一度立ち止まって見た方がいい、と著者は教えてくれる。特に、若い頃は自分の理想や周囲の期待とのギャップに悩むことは必ずある。そんな時、どうすればいいのか。

こういう悩みは、自分を何かと比較するからこそ起きる。でも、実は誰も比べるべき正しいことなんて知らないのだ。親や先生が期待する、あるいは世の中的に評価されていることが間違いだと判明することなんていくらでもある。そのことに早く気づいた方が健全なのである。もちろん、周囲がそれを正解だと思っているのには理由がある。お金に困らない、安定している、誇りに思える、自慢できる。ただし、それを理解した上でそれを信じるか、何を選ぶかは別問題だ。

大人になると、正しいヤツなんてなかなかいないという現実が徐々に分かってくる。絶対に正しいと思っていた親だって先生だって、今考えればいっぱい間違えていた。それでも子供に何かを伝えたかったという気持ちだけは理解できる。そんな風に分かってくると、みんな人間なんだとある種冷めた目で、でもポジティブに開き直れるということを著者は語っていく。

ママは初めからママじゃない。パパももともとはパパじゃない。みんな、ジタバタ生きているダサい大人で、そのジタバタ具合はあなたと同じ。その切実さも、あなたと同じ。あなたと同じ不完全さを相手の中にも見つけることは、相手を自由にすることでもあるのです。

生きる力とは何かと、この頃よく考えるようになりました。私は「手放す力」ではないかと思っています。今まで自分が「これこそが正しい」とか、「これこそが価値がある」と思っていたものを状況に応じて手放せる力です。ああでダメなら、こうでもいいと考える力です。それが出来るようになったら、変わってしまった自分や、変わってしまった環境の中でも人は生きていくことが出来るのです。

 

実は誰とも分かりあえないということ

もうひとつが、「なんで誰も分かってくれないんだ!」と相手に嫌気がさしてしまうこと。これも結構しんどい。なぜなら、自分がすごく頑張っている時ほど、相手が分かってくれない時のしんどさが強いからだ。でも、そもそも相手と何でも分かりあえるなんてこと本当にあるの? と著者は根本的な疑問を投げかけてくる。

著者が家族との葛藤を通じて気づいたのは、どんなに身近な人でも他人は他人、分かりあえることを無理に期待することはかえって関係を悪化させるという結論だった。極端な例だが、ネット上の議論が分かりやすい。お互いに“絶対”正しいと思うことをぶつけ合い、それを守るためにどんどん右翼化し、「死ね」・「消えろ」のオンパレードになっていく(ネトウヨ化)。自分はそんなにバカじゃないと思うかもしれない。でも、「分かってもらう」って一方的な思いは究極的にはこうなる怖さは知っておいた方がいい。

だからといって、人と分かりあえることを放棄するわけではない。全ては分かりあえないことを知りながら、今どこまで分かりあえているのかを言葉を使って測ったり、将来分かりあえるかもしれない希望を捨てないことこそ、生きる知恵ではないかと著者は言う。「違いはどうにも出来ない。それでも共感出来るものはなんだろうかと謙虚に探る眼差しが、あなたを自由にします。」という著者の言葉が強く心に残った。

人間は必ず毎日毎日変わってしまう生き物です。その日々変わってしまう者同士が、変わらない関係を築けるわけがありません。微調整を繰り返し、そのときそのときで最良の形を常に更新し続けていくのが、最も希望が持てる関係です。「愛は永遠!」じゃなくて、「愛は終わりなき上書き!」です。

どんなに深い絶望の底にあっても、細い細井一本の糸ほどしか誰かとつながっていく可能性がなくても、その可能性を自分の中に留保しておいた人は、多くの困難を乗り越えていけるでしょう。変わり続けることを前提にして関係を考えないと、この世界から自分が切り離されてしまいます。それは人が生きていく上で、とても危険なことです。



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