うつくしい子ども

うつくしい子ども (文春文庫)

児童殺傷事件のつめあと

石田衣良といえば、大ヒットした『池袋ウエストゲートパーク』や直木賞受賞作『4TEEN』のように、若者の同時代的な青春を瑞々しく描いた小説を得意としている。本書『うつくしい子ども』も、基本的にはそういう路線の上にあり、主人公である中学生が仲間たちと自然にたわむれ、見たことのない世界へと出かけていく冒険小説にひき込まれていく。

しかし、この物語にはそうした「青春」では片付けられない深い闇が隠れている。それは、物語のモチーフになっている「神戸連続児童殺傷事件」に関連する。13歳の少年が少女を殺害し、「夜の王子 PRINCE OF THE NIGHT これで終わりではない」とメッセージを残すという衝撃的な事件を扱ったこの物語は、読者に何を訴えるのだろうか。

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ニュータウンで起きた惨劇

舞台は、都心から離れた人工の街ニュータウン。村上春樹や重松清の物語でもしばしば登場するニュータウンは、似たような世代の生活者が似たような生活環境の中で、作られたルールを守って生活する小世界でもある。主人公の少年やその弟が通っていたユメ中も、そんな品行方正を旨とする学校だった。

そんな中、ある時を境に、「夜の王子」の名を騙る何者かが、学校周辺で悪戯をするようになる。問題の少女殺人事件も、学校の裏手の山で行われ、現場には「夜の王子」のサインが残されていた。その後の捜査で弟が犯人だと発覚すると、残された家族は世間からの恐怖と好奇の目に晒され、これを期に両親は離婚し、母とミキオ少年は逃げるように東京の母方の実家に身を寄せる。

ミキオはユメ中に戻り、なぜ弟が殺人を犯したのかについて事件の真相を探る決意をする。そして、クラス委員長の「長沢」と男勝りの女子生徒「はるき」とともに、夢見山警察署長の息子「松浦」が「夜の王子」に何らかの関連をもっていることを突き止める。

 

犯罪報道と疎外感

この物語を読んで特に印象に残ったのは、少年犯罪に対する世の中の盲目的なリアクションと、その裏で、こうした惨劇の中でもしぶとく逞しく生きる少年たちの対照的な姿だ。犯罪に対する世論の加熱ぶりについては、インターネットの掲示板に住所を晒し、全国各地から加害者宅を見物しにくる人々や、評論家を連れてきて猟奇的なテレビゲームの影響云々と、もっともらしいコメントを言わせるマスメディアのおなじみの禊的手口が生々しく描かれている。こうした熱が徐々に当事者たちの人格を塗りつぶし、分かりやすさで全てを覆い隠していく。

こう言うと、「犯罪を許すのか!」というよく分からない断固の論理が出てきがちな日本の「空気の支配」の中で、加害者の一家が感じた疎外感は強烈な重みがあった。

 

可塑的な子どもたち

こうした大人たちの行動を客観的な物語として読むと、その浅はかさに目を覆いたくもなる。しかし、こうした人間の弱さを乗り越えていく(受け入れていく)のもまた人間である。ミキオたち少年は自ら事件の真相を追い、明らかになっても不幸になるだけかもしれない真実を知ろうと奮闘する。人間の弱さに寄りかかってしまう大人と、まだまだ「可塑的」な子どもたちとの対比の中で、読者は改めて生きる希望を感じることができる。

ただ、オチのつけ方は、子どもたちが「受け入れていく」姿より、はっきりとエンディングに持っていった感があっって物足りなさがあったのも正直なところ。



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