生物と無生物のあいだ

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

物語としての分子生物学

狂牛病問題等、生物学の難題に新しい仮説を投じる気鋭の生物学者、福岡伸一。

本書は、テレビ等のメディアにも露出の多い著者を一躍有名にした、

科学系の書籍として異例のベストセラーを誇る代表作である。

本書は、生物学について単にロジカルに解説するだけでない書き方を敢えてしている。

著者がアメリカの大学で研究員として過ごしていた頃の、ニューヨークやボストンの生活風景を

紀行文的に描いてみせたり、DNAの二重らせん構造で有名なワトソンとクリックや、

渡米した野口英世のエピソードをサイドストーリーとして交えるなど、

文学的ストーリーで楽しませながら、気づかぬうちに読者を分子生物学の世界に引き込んでいく。

一方で、分子生物学について本書が語るゴールが見えず、目次も文学的になってしまっているため、

分子生物学の本だと思って読むと迷子になる可能性はあるが、何はともあれ、

専門外の読者の興味をかき立てたという意味で、新書の役割は十二分に果たしたと思う。

 

DNAの自己複製システム

著者が「生物と無生物を区別する」ためのキーとして提唱する仮説「動的平衡」とは何か。

生命とは何か?それは自己複製を行うシステムである。
二十世紀の生命科学が到達したひとつの答えがこれだった。

著者が最初に着目したのは、DNAの二重らせん構造に秘められた、自己複製の可能性だ。

DNAの二重らせんは、2本の鎖(ポリヌクレオチド)が写真のネガとポジのように組み合わさっている。

そのらせんをほどき、片方の鎖のDNA分子を鋳型として相手方のDNA分子を新しく作ると、

新旧のDNA分子を対にした二重らせんを複製できるというわけだ。

実際、二重らせんを発見したワトソンとクリックも、『ネイチャー』の論文(1953年)でこう述べていた。

この対構造が直ちに自己複製機構を示唆することに私たちは気づいていないわけではない。

著者は、こうしたDNAの理論を推し進め、DNAの複製や除去の影響を測定する研究にのめり込んだ。

しかし、健康なマウスに膵臓機能を司るDNAを除去したマウス(ノックアウトマウス)を妊娠させた実験で、

結果的に何の問題もない(!)マウスの誕生に終わったことが、次の着想を与えるきっかけとなった。

 

「動的平衡」とは

著者は、着想を支える羅針盤として、『生命とは何か』(シュレーディンガー)を挙げる。

シュレーディンガーは、生物が分子に比べて大きい必要がある理由を、平均的なふるまいから外れる

粒子の寄与(誤差率)を生命秩序を保つレベルに抑えるためであると説明したが、

著者はこのような生物に対する統計学的解釈に独自の解釈を加えた。

単に、その熱運動に身をゆだねているわけではなく、
そこから複雑な秩序を生み出しているのである。
しかも生きている貝は、成長に応じてその貝殻の文様をも拡大できるのである。
つまりその秩序は動的なものなのだ。

「動的平衡」とは、エントロピーを排出しながらも、生命としての秩序・一貫性を保つことである。

古くなった分子を脱ぎ捨てながらも、生命としての自分は同一存在としてそこにあるという考え方は、

生まれ変わりの思想や新陳代謝と概念的に近い部分があり、感覚としても理解しやすい。

しかし驚くべきは、この考え方は決して概念論ではなく、「実在論として記述することができる」ことだ。

この発見をもとに、タンパク質の「相補性」が生物の秩序を形成している様子が科学的に解明されていく

後段のストーリーは、ラストシーンまで目が離せない。



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