文明の子

文明の子

前作『マボロシの鳥』からの飛躍

小説の専門家でもない僕が言うのもなんだが、『文明の子』は前作『マボロシの鳥』を大きく超える作品だ。前作の紹介で書いた通り、作者自身も振り返っているように、前作は太田光が前面に出た作品だった。

太田 『マボロシの鳥』は自分が今まで読んできた小説へのオマージュなどを含めて好き勝手に書いた作品です。でも、太田光がうるさいという意見が多くてね。読んでいて太田の顔がちらついてしょうがない、もっと引っ込めと。でも、今回の『文明の子』は自分の考えをできるだけ抑えた形で物語の中に自然にとけ込ませるようにしたつもりです。

もちろん、太田光の素顔が見られる爆笑問題カーボーイ(TBSラジオ)のヘビーリスナーとしては、今回の作品でも、時間エネルギーの話や、シオドラ・クローバーのイシの話、ウルトラマンの偽物の話など、彼のこれまでのアイディアや体験談が作品の題材として、明らかにそこここに散りばめられているのに気づく。しかし、そこに描かれた世界は、もとのモチーフからどんどん広がり、どこにもない物語に結実した。

 

“文明の肯定”

この物語は前作同様、いくつかの短編小説から成っているが、前作とは異なり、これら短編群、更に前作も含めた全てでひとつの物語を構成しているような、不思議な作りになっている。作品と作品をつなぐのは、“文明を肯定する”という現代における最も重要なテーマへの想いである。

灯から「文明の卵」を託されたワタルとマナブも、模倣問題への思いに揺れるニュースキャスター柴田も、鳥と出会い、行ったことのない世界を知ったネズミも、人間を生産する賭けに出た神尾総理も。みんな、きっかけは様々だけれど、未来へ進むことの正しさに気付き、読者にもそのことを教えてくれる。

作者自身も、こう語っている。

文明を肯定しにくい今の状況下で、なんとかポジティブに捉えられないだろうか、自分の中の思考実験というか、挑戦してみようかなという思いで今回の作品を書いたんです。

 

文明のドタバタの先に・・・

作者は、ミヒャエル・エンデの小説『モモ』を批判することで、以前から僕らに強いメッセージを送っていた。それは、確かにエンデが言うように、文明の進化によって自然が壊れ、人間が時間に追われるようになったかもしれないが、それでも、不完全な人間による文明というチャレンジによってこそ、僕らはなんとか少しずつ前に進んでいるのではないか。

福島事故を踏まえ、原発問題を軽く捉えているのでは?といった批判もあるようだが、論点がずれている。文明が大失敗する可能性を受け止めた上で、なお人間として文明と肯定的に向き合わなければ前に進めないのではないかという点を真摯に検討することこそ、作者の問題提起に対する返答のはずだ。

ゼータ粒子で無から有を生み出す、ヒューマンカーボンという技術を使って人間を生産するなど、人間の価値観が進化するスピードを超えて文明が発展することによるドタバタが、たくさん描かれている。このあたりは、作者が愛するカート・ヴォネガットを彷彿とさせるところがある。文明が進化した結果が、そう手放しで喜べるものでないことは、現代の僕らは肌感覚として理解している。しかし、ドタバタの先でワタルとマナブが見たものに強い共感を覚えた。そしてこの感覚にこそ、文明を信じるヒントがあるような気がする。

 

今回引用した作者太田光へのインタビュー記事(ダイヤモンド社)

文明の子



この本についてひとこと