文明の衝突と21世紀の日本

文明の衝突と21世紀の日本 (集英社新書)

国家から文明へ

ハーバードのサミュエル・P・ハンチントンが1996年に『文明の衝突』で提示した「国家から文明へ」というフレームワークは、今も世界情勢を理解する重要な手がかりになっている。コソヴォなどの未承認国家問題など、これまでの近代国家観が取りこぼしてきた、血縁、宗教、民族、言語などをベースにした価値観に絡む問題であり、近代国家の限界を突きつける動きとして捉えることで、問題の根深さに気づくことができる。

本書『文明の衝突と21世紀の日本』は、イスラムやロシアの台頭を中心に据えたこの『文明の衝突』の続編として、国際政治の実務的な論点に対する深掘りと、「国家から文明へ」のシフトが日本にとってどのような意味を持つのかについて補足を行ったものである。したがって、ここではまず『文明の衝突』論を簡単に振り返るところからはじめたい。

 

7つの文明のかたまり

繰り返しになるが、ハンチントンが強調したのは「国家から文明へ」のシフトだ。彼は、現代の諸国家を7つの主要文明で区分し直すことで、国際政治の問題を捉え直す。これら7つの“かたまり”は、国を超えて血縁、宗教、民族、言語などをベースとした価値観などを共有しており、領土保全を主軸に置いた国境線ではなく、文明と文明が接する断層線(フオルト・ライン)でこそ、紛争が激化しやすいことを指摘した。

今後は、パワーと文化の相互作用によって、国家間の同盟や敵対のパターンが決定される

 

ハンチントンの文明を軸とした7つの新しい“かたまり”

Major civilizations according to Huntington_WikiWikipedia「Clash of Civilization」

 

国民国家のあり方

補論にあたる本書『文明の衝突と21世紀の日本』でも、改めて「国家から文明へ」の移行プロセスについて分析されている。過去を振り返ると、ローマ帝国や中国を中心とした一極主義や、共産主義圏と自由主義圏の対立(冷戦時代)による二極化が、国際政治のプレーヤーにとって奇しくも安定を与える構造になっていたところ、ソ連崩壊以降のアメリカの一極化(ユニラテラリズム)によって不安定さが増大してきた。

NASAの予算削減や、近年の海外におけるアメリカ軍基地の縮小を見ても、ユニラテラリズムを継続するコスト負担の問題は馬鹿にならないことが分かるし、また、イラク戦争など、“正義の所在”が見えづらくなっていることも大きな要因だと思う。反対に言えば、覇権のパワーバランスでない、新たな安定構造が求められるステージとも言える。植民地主義(コロニアリズム)が少なくとも制度的に終わった今、世界では、「ポストコロニアル」を機軸とした新しい国家のあり方が模索されているのである。1960年の国連憲章で制定された、いわゆる「国民国家」の再定義がひとつの指針になる。ハンチントンの「国家から文明へ」は、このような構造変化を踏まえている。

 

国際政治への影響

上記を踏まえると、各国・各文明の戦略はどうなってくるのだろうか。本書では、日本を含む、国際政治の代表的プレーヤーにフォーカスして分析を進めている。例えばアメリカの場合、ナンバー・ツーの地域大国とは協調し、それぞれの地域における大国の支配を限定することで共通の利益をもつことにシフトしていくのが合理的だ。一方、諸国家は、いざという時の戦争を含め、新興勢力との力を均衡させるか(バランシング)、もしくは新興勢力に追従し、自国の利益を守るか(バンドワゴニング)の難しい選択を迫られる。

日本の場合は、バランシングではなく、最強国との協調によるバンドワゴニングをとることで生き残りを模索している状況と言えよう。日本の戦略という観点で言えば、バランシングや他国とのバンドワゴニングなど、リスクを分散する手段は当然に検討されるべきテーマになるはずだ。

 

パワー論を超えた国際政治の模索

しかし、バランシングもバンドワゴニングも、どちらもパワー論でしかないことも確かだ。そこでハンチントンは、更に踏み込んで、新しい国家アイデンティティの条件を議論する。著者が挙げるのは、以下の3つの条件だ。

  1. その国のエリート層による支持
  2. 大衆がその再定義に対して黙認できること
  3. 主に西洋側がそれを受け入れること

これらの条件は、ある意味、これまでの国家観を捨てることが必要にもなる。ひとつひとつの言葉に、国家アイデンティティを確立する難しさが表れていて非常に興味深い。「不干渉ルール」や「共同調停ルール」などを置きながら、問題の核となっている多様な文明的価値観が許容されるソフトランデイングの道筋を作っていこうとするハンチントンの提言は、僕らにとって非常に重く受け止めなければいけないものだ。



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