人生、成り行き 談志一代記

人生、成り行き―談志一代記 (新潮文庫)

イリュージョニストの人生

2011年は、あまりにも惜しい方の訃報が多い。11月21日、ご存じ、立川流家元の立川談志が亡くなった。16歳で柳家小さんに入門した松岡少年は、理不尽な前座修行に耐え抜き、二つ目小ゑん時代にはキャバレーで大活躍。結婚・真打昇進後も、落語協会の内紛から立川流創設、鳴り物入りの政界進出から沖縄開発庁政務次官のスピード辞任。晩年は、何が飛び出すか分からない“イリュージョン”と呼ばれる落語で、落語でありながら落語に留まらない境地を切り開いた。

そんな何をやらせても常に尖がって、行き着くところまで行かないと気が済まない師匠の生き様を、彼自身がべらんめぇ節で語った自伝で振り返ってみたい。

 

業の肯定

立川談志は生前、番組プロデューサーなど、多方面な才能を発揮してきたが、それでも落語を手放さなかったのには理由がある。それは、落語という芸が、常に人間の弱さ・脆さに寄り添ったものだということだ。

人間は弱いもので、働きたくないし、酒呑んで寝ていたいし、勉強しろったってやりたくなければやらない、むしゃくしゃして親も蹴飛ばしたい、努力したって無駄なものは無駄―所詮そういうものじゃないのか、そういう弱い人間の業を落語は肯定してくれているんじゃないのか

弱かろうが、格好悪かろうがいいじゃないか。むしろ、そこを描かなければ人間を捉えたことにならないんじゃないか。このことを談志は“業の肯定”と称して、落語だからできることを追及していくことになったのだ。

 

三人称の巧さを超えて

立川談志が二つ目の時代、落語協会の会長は、文句がないほどの名人と言われた桂文治。しかし、当時の小ゑんからすると、ちっとも面白くなかったという。なぜだろうか。

技術というのは、それ以上の行き場を失うと、かえって「変な方向」に働くことがある。小ゑんには、桂文治は技術的には名人だが、その先は技巧的に新しさを装うばかりに映った。このことが、共感(面白さ、驚き)は技術ではなく、感情の注入から生まれると気づくきっかけとなった。

この点は、テクニック的な「小利口」に甘んじることに常に抗ってきた岡本太郎に通ずるところがある。演者も観衆も安心してしまえるものから本質は生まれない。いつでも芸術は予期せぬ爆発から生まれるのである。

 

そしてイリュージョンへ

では、そうした問題意識を持った立川談志の演ずる落語は、どこにたどり着いたのだろうか。

或る日のことだ。「鉄拐」を演っていたら鉄拐の奴、演者に勝手に動き出したのだ。これには驚いた。

立川談志の落語は、古典落語でも筋を離れることがあるが、いわゆる創作落語とは違う。人物を演ずることに没入していくことで、彼の中で化学反応が起き、人物が自然と語り出す。まさに“一期一会”の世界なのである。しかし爆発である以上、コントロールは効かない。

場合によっては演者・観客ともに茫然として立てないこともあったという。それでも、そうした不完全さを含めて「人間を演ずる」ことこそ、表現者の本質だという姿勢を貫き通したことで、数多くの熱狂的な談志ファンを生みだしたことはご存じの通りである。

 

狂気

晩年の彼は、イリュージョンの更に先を追い求め続けていた。巻末の志の輔との師弟対談でも語っているが、そんな飽くなき探究は狂気と紙一重の世界でもある。もっと先の世界があるのではないか。常にそうした強迫観念に突き動かされ、落語に憑りつかていく。

あたしだって、本当はもう辞めたほうがいいのかもしれナイ。それなのに無理してやっているのかもしれません。まだ喋りたい、語りたいことがある、大勢の客が待ってくれている、と思ってやってはいますが、それも未練かもしれません。

僕はそんな姿を見る度に、表現者として尊敬する部分と、ゾッとして近寄りがたい部分を感じていた。だから、立川談志を表現者としてのロールモデルにしたいとは、単純には言えないところがある。それでも、彼の落語や表現者としての姿に憧れてしまうから不思議だ。



この本についてひとこと