深い河 ディープ・リバー

深い河 (講談社文庫)

ガンジスを巡る祈りの物語

70歳を迎えた遠藤周作が書き下ろした長編文学の到達点。

『海と毒薬』や『沈黙』などの名作で、キリスト教の視点で人間の業の肯定を描いてきた彼だが、

本作『深い河』では、そのモチーフをさらに広げ、インドにおけるヒンドゥー教を舞台に、

人間のより根源的な弱さ、猥雑さ、滑稽さを、作者ならではの眼差しでさらけ出していく。

ガンジス河のほとりで、5人の主人公がそれぞれの悩みと向き合っていく姿を通じて、

生きていくことの難しさと、人間はそんなものという弁えのようなものを

自分の中で微妙なバランスで折り合いをつけられたような気がしている。

あなたなら、どのような想いを受け取るだろうか。

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5人のエピソード

『深い河」は、5人の主人公の過去の物語からはじまる。

癌で亡くなる直前の妻が言った「必ず生まれ変わる」という言葉を抱えて暮らす「磯辺」。

大学時代、何もかもに白け、敬虔なクリスチャン「大津」を弄んだ「美津子」。

「美津子」の裏切りをきっかけに、自分なりの神を探し、修行に出る「大津」。

南京に置いてきた犬と、病気の時に常に傍にいてくれた九官鳥の目を忘れられない「沼田」。

大戦中、ジャングルで飢え苦しみ、人肉を食べた戦友の最期を看取った「木口」。

そんな彼らが何かを求め、インド旅行ツアーで出会ったのは、ある意味、必然かもしれない。

 

痩せこけた女神

しかし、インドには、彼らが簡単に見つけられるような救いはなかった。

それを象徴するのが、ヒンドゥー教の女神「チャームンダー」だ。

この神は、キリスト教の母性愛溢れるマリア像とは似ても似つかない。

インドの飢え苦しむ人々のように痩せ、たれた乳房で赤子に乳をやる姿で描かれている。

インドでは、そんな女神に救いを求め、母なる河ガンジス(ガンガー)を目指して、

富める者は列車や車で、貧しいものは着の身着のまま辛うじてやってくる。

ガートと呼ばれる川岸では、そうした行き倒れの死者が火葬され、

その灰を流している横で、何十万人もの信仰者が口をすすぎ、神に祈りを捧げる、

生も死も一緒くたになったこの特別な世界では、「死」がこれ以上ないほど身近にある。

 

信仰とは何か

そんなガンジスを目の当たりにして、彼ら5人は内に秘めてきた想いを語りだす。

もちろん、ここに来て何かが解決したわけではない。

むしろ、大津のように、神への信仰の末に哀れな最期を遂げる者すら出てくる。

それでも、スコラ哲学のように論理的な信仰では語り切れない何かを受け取り、

それぞれに次なる一歩を踏み出すきっかけを掴んでいく姿は、読んでいて妙に納得できる。

そのこころは、こんな言葉に集約されている気がしてならない。

人間のやる所業には絶対に正しいと言えることはない。
逆にどんな悪行にも救いの種がひそんでいる。
何ごとも善と悪とが背中あわせになっていて、
それを刀で割ったようにように分けてはならぬ。
分別してはならぬ。



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