連続講義・デフレと経済政策

連続講義・デフレと経済政策―アベノミクスの経済分析

リフレ議論に対する冷静な考察

昨今、リフレ関連の本が巷に溢れる中で、本書はリフレについて、比較的ニュートラルな立場から検討を加えた1冊である。また、専門的な経済理論も敢えて省かずに説明しており、難易度は多少高いものの、リフレの課題と対応策が体系的に整理された良書だと言える。(経済理論に拒否感がある方は、小幡績『リフレはヤバい』から読み始めるのも一考。)

リフレ議論の一部には、マクロ経済理論への無批判的過信やら、グローバル・スタンダード信奉やら、日銀への恨み節など、様々なノイズが見られる中、本書は一貫して論理的な議論を展開していく。内容が濃いので、是非腰を落ち着けて読み進めたい1冊だ。

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リフレの問題点とは

著者は、物価版のフィリップス曲線に基づき、日本の消費者物価上昇率が低位で推移する要因を、GDPギャップがマイナスになりがちな体質であることと、予想インフレ率が低いことに求める。

ここでのポイントは、予想インフレ率については、リフレ政策でこれを引き上げることができると言われるが、ゼロ金利制約(流動性のわな)下では貨幣数量的なメカニズムは成り立たず、かつ将来のインフレを人々に信用させるためのインフレターゲット的な手法も、credible irresponsibilityなので成り立たないこと。もうひとつは、リフレ政策においては、もう一方のGDPギャップマイナスの構造には全く手を付けず、旧来の需要・供給体質を温存してしまうものに他ならないということだ。

したがって、著者はリフレ政策では“大山鳴動、ネズミ一匹”に終わるのではないかと推測をする。この点について、もう少し詳しく見てみよう。

 

物価版フィリップス曲線が教えるインフレの要件

物価版のフィリップス曲線とは、失業率とインフレ率の右肩下がりの関係を示す。いわゆるフィリップス曲線に基づくインフレ率操作による失業対策が、人々の予想インフレ率の変化により無効化してしまう限界を踏まえ、同曲線に、より実物経済に即した失業率とGDPギャップ(現在のGDPと潜在GDPとの差)との比例関係(オーカン法則)を取り込んだものである。

インフレ率=予想インフレ率+γ×GDPギャップ

これを踏まえると、インフレ率を左右する論点は、以下の2つになる。

①人々の予想インフレ率はどのように形成されるのか
②GDPギャップの歪みを改善するために求められる構造変換とは何か

 

本質的な問題は産業構造にあり

①については、行動経済学の観点から、人々のインフレ期待は過去の経済体験によるところが大きいことに触れており、その意味で著者は①を短期的に改善することが難しいと見ている。リフレ派は、インフレターゲットや量的緩和への“コミット”によって期待を形成することが可能だと主張するが、これは「わざわざ物価水準を高くする必要がなく、望ましくなくても、将来貨幣供給量を増やすに違いないと信用される」という矛盾をクリアしなければならず、基本的には現実性の低い話として退けている。

だとすると、重要なのは②になる。具体的には、バブル期の過剰な供給構造を解体・再構築することだ。

輸出型製造業が新興国にキャッチアップされてきていることと、輸出型製造業とそれ以外の産業の労働生産性の格差が海外よりも大きいことが、近年の日本経済の低迷の根底にある本当の問題である

この問題への対応、つまり、こうした歪みの構造調整を妨げる制度的な障害や規制を見直すことこそ、アベノミクスの第3の矢、成長戦略に求められることではないか。

 

出口戦略を見据えた分析

著者が浮き彫りにするデフレに対する本質的な解決の方向性は以上だが、本書後半では更に出口戦略を見据えた金融政策のあり方(リフレ政策のリスク)を論じている。そのために、まずそもそものメカニズムとして、金融政策が政府・日銀・民間銀行の3つのバランスシート上に何を起こすのかを、視覚的に解説している。金融政策の機能と限界を理解するには、このバランスシート上の動きを理解することが非常に重要だ。

個人的には、本書はこのパートだけでも十分価値があると思う。その心は、金融政策とはあくまでゼロサムであり、“打ち出の小槌”ではないということだ。ここが分かると、リフレ政策が生む様々なリスク(量的緩和の中央銀行への還流と、将来へのツケ、貨幣発行益の繰り戻し、長期国債の損失リスク)がよく見えてくる。



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