殉死

殉死 (文春文庫)

司馬が見た戦争当事者

陸軍大将であり軍神と崇められた乃木希典の生涯をテーマにしたこの作品は、日本の歴史を希望として描いてきた司馬遼太郎の作品の中では異色の存在と言われる。日本が先の大戦に突入した一因を担いながら、戦後は伯爵として学習院院長や宮内省御用掛などを歴任し、明治帝の崩御に殉じて妻とともに自ら命を断った武将。彼のことを戦争責任ぬきに読み解くことは確かに難しい。

だから、本作も司馬遼太郎による乃木希典批判(=戦争批判)だとされることがある。しかし、僕は「二十一世紀を生きる君たちへ」を描いた司馬遼太郎が、当時の戦争責任についての批判のためだけにひとりの人間を描いたとは思えない。あなたなら、司馬遼太郎のメッセージをどう受け止めるだろうか。

君たち。君たちはつねに晴れあがった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。私は、君たちの心の中の最も美しいものを見つづけながら、以上のことを書いた。書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがやいているように感じた。(司馬遼太郎『二十一世紀を生きる君たちへ』)

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乃木と陽明学

本書には、乃木希典の生い立ちから旅順要塞攻略戦までを描いた『要塞』と、明治45年の自刃までの乃木希典の生き様を描く『腹を切ること』の2作が収録されている。その中で、乃木希典という人の根本を知る上で重要なキーワードが陽明学だ。陽明学について、司馬は次のように端的に説明している。

この思想は江戸期の官学である朱子学のように物事に客観的態度をとり、ときに主観をもあわせつつ物事を合理的に格物致知してゆこうという立場のものではない。陽明学派にあってはおのれが是と感じ真実と信じたことこそ絶対真理であり、それをそのようにおのれが知った以上、精神に火を点じなければならず、行動をおこさなければならず、行動をおこすことによって思想は完結するのである。

長州の生まれである乃木は、もともと非常に観念主義的で、形式美に固執していた。独逸留学後には、制服に軍人の美を見出し、私生活でも軍服を脱がなかったという。物語では、乃木が陽明学の大家である山鹿素行の『中朝事実』と出会い、陽明学の絶対的思想がだんだんと彼のうちに宗教化していくようすが描かれている。

 

陽明学の5つの思想

 

人間、乃木希典

しかし、だからといって乃木が自分の信じるところに一直線に突き進んだわけではない。日露戦争においても、言葉数の少ない彼が思い悩み、苦しんだシーンが描かれており、また、ラストの殉死のシーンも、気高さと裏腹に彼の心の弱さを隠そうとする思いも感じた。司馬は、乃木を「軍人の才能がない」と厳しく評しているが、それでも描かずにいられなかったのはそんな不器用な乃木の中に、ある種、僕らと変わらない人間味を感じたからではないだろうか。

乃本の半生をながめるに、乃木ほどその性格が軍人らしい男はなく、同時に乃木ほど軍人の才能の乏しい男もめずらしい。それに乃木ほど勝負運のわるい男もめずらしいであろう。―おれが感じている乃本の魅力も、あるいはそういうところにあるかもしれない。と、児玉はおもったかどうか。たとえば虚弱で薄命な美人が佳人といわれるにふさわしいように、つねにあぶなげな、つねにうすい磁器のようにこわれやすい運命を背負っている乃木に、それに似たような機微と美しさを児玉は感じてきたようにも思われる。



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