フランシス・ベーコン BACON

フランシス・ベーコン BACON Francis Bacon: 1909-1992: Deep Beneath the Surfaces of Things (25)

ベーコン絵画の不思議な魅力

フランシス・ベーコンは、20世紀後半にかけて活躍した現代絵画の代表的人物である。

彼の作品に向き合ったことがある人なら誰でも、その作品のインパクトに驚いた経験があるだろう。

僕も、全編カラーで掲載されたベーコンの作品(解説入り)を眺めながら、その衝撃に向き合うこととなった。

僕がベーコンの作品に出合ったのは高校生の時だが、あまり美術には興味がなかったにも関わらず、

ベーコンの作品はなぜか心に引っかかるものがあったのを覚えている。

(数年後、広いヴァチカン美術館で自然と目にとまったのも彼の作品だった。)

その時はその感覚を言葉にできなかったけれど(その方が素直に感動できていたのかもしれないが)、

今敢えて、作品から受ける感動を表現するなら、“人間を裏返したような表現”と呼ぶのがしっくりくる。

Francis_Bacon

東京国立近代美術館ウェブサイトより)

 

“人間を裏返したような表現”

彼の作品の多くは肉をモチーフとしており、額の中にはまさに肉の塊のような物体が描かれている。

人間の姿ではあるものの、まるで人間の身体を裏返した(Inside Out)かのような、肉がむき出しの絵だ。

これが、僕がベーコンの作品を“人間を裏返した表現”という文字通りの理由。

もうひとつの理由は、彼の作品を象徴する、人間の顔をクローズアップして描いた作品に隠されている。

そこに描かれた表情は、喜怒哀楽の表情に当てはまらない、ある種グロテスクな表情をしている。

しかし、こうイメージしてみると、ベーコンが表現したかったことが理解できる気がしている。

カメラのシャッターを押しっぱなしにして、被写体の表情が残像として1枚の写真に重なるように

投影されていくようすを想像してほしい。

シャッターを押し続ける時間は人間の一生で、生きている間中、表情だけを追って写真に刻み続ける。

その間には、悲劇、歓喜、苦痛に歪んだ顔、下劣な感情に駆り立てられた表情すらも浮かんだことだろう。

ベーコンの絵は、そういう全ての表情を1つの顔の上に描いたらこうなる、という表情に見えるのだ。

いわば人間が秘めている感情の箱を裏返しにし、純粋な感情から醜い感情まで一緒くたに曝け出した表現。

その意味で、心理的な面で“人間を裏返した表現”とも言えるのではないだろうか。

 

僕らそのもの

人間は、自身でも気づきもしない、時に多重人格的と思えるような感情の渦を抱えて生きている。

しかも、必ずしも似たような感情(喜びと楽しみ)ではなく、正反対の感情が一斉に押し寄せる場合もある。

殺してしまいたいくらい愛しいというのは、時に単なる比喩のレベルを超えた具体的な感情である。

そんな生き様を1枚の絵の中で完結させるための表現が、ベーコンの絵画なのだと僕は理解している。

そうした思いを直感的に感じるから、ベーコンの絵を見ていると苦しくなる。

視界に入っただけで、雪崩のようにぐちゃぐちゃの感情の塊が押し寄せてくる。

ただ、この混沌さこそ、僕らそのものなのだということを思い至る契機としてベーコンの絵が好きだ。

あなたはベーコンの絵の前に立った時、どのような思いに駆り立てられるだろうか。



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