いじめ問題をどう克服するか

いじめ問題をどう克服するか (岩波新書)

いじめの構造にメスを入れる議論

教育評論家としてテレビでも有名な尾木ママによる、体系的ないじめ対策論。これまで教員として経験してきた現場での経験や、著者が委員を務めた大津事件の教訓をもとに、抽象論ではなく実践的ないじめ克服の処方箋が論じられており、著者の熱意に感服させられる。

とりわけ、いじめに対するこれまでの認識や、教育現場におけるいじめへの表面的な対応を振り返り、子供が置かれている構造的問題にメスを入れてこなかった事実を冷静にさらけ出した上で、現場での施策や、いざという時の教育機関によるチェック体制など、著者の考える一連の対策まで限られた紙面の中で提示しきっている点は、非常に良かった。

一方で、仕組みを抜本的に変えた上で、次にそれを実行する地域、教育委員会、教師、そして親が子供を引っ張っていくだけの求心力を持てているかという段になると、非常に心許ない。この点、“大人の底上げ”の必要性ということを含めて、本書を振り返ってみたい。

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いじめと向き合ってこなかった社会

著者が指摘する、いじめに関する社会的な課題をざっくりまとめると4つ挙げられる。

● いじめの原因をいじめられる側に求めてきた社会の認識
● 被害者に対する叱咤激励の精神論と、加害者を責め立てる感情論
● 教育機関の隠蔽体質と、それを助長してしまった成果主義システム
● いじめがWeb上に移り、見えにくくなっていることへの認識不足

第3章で大きく取り上げられている大津事件の生々しい経緯を読んでいくと、このような問題が絡み合い、いじめの深刻化につながった様子が痛いほど分かる。いじめられる側にも何か問題があるのではないかという社会の根強い空気。被害者と加害者をハグして仲直りさせようとした担任教師の判断。自分の担当外の問題には業務量的にも心理的にも極力関わりたくない同僚たち。模範学校として認定されたメンツを守ることを優先した学校トップや教育委員会。こうした少しずつの“大したことない”の積み重ねが、取り返しのない人災を招いている。

 

いじめを克服するには

では、僕たちはどのようにすれば、いじめを克服することができるか。著者は、本質的ないじめ克服には、子供たちの関心がいじめに向く“構造”を変革する教育のあり方が重要であると訴える。

小手先のいじめ対策ではなく、人権を尊重し、民主主義を成熟させる大きなビジョンをもった、根本的な克服策です。

著者はそのコンセプトとして「人権尊重のシチズンシップ教育・愛とロマンの教育」を掲げている。

● 人権侵害であるいじめ問題をシチズンシップを養うことで克服する
● 子どもに対しては体罰などのペナルティを課すことで向き合うのではなく、寛容の精神で向き合う
● 人類の英知・進歩などについて、大きなロマンが感じられる授業を実践する

 

“大人の底上げ”の必要性

これらの打ち手は、ともすると理想主義的な空論に聞こえがちだが、アメリカにおけるいじめ対策法や、国内での子供が中心となったいじめ防止活動などの先進的取り組みも紹介しながら、読者が具体的な方法論をイメージできる配慮がされている。

しかし、冒頭にも述べたように、教育の仕組みを変えた上で、それを実行する大人が子供たちのロールモデルとして、子供を惹きつけ、導く力を持っているだろうか。著者の議論にはうなずきながらも、究極には教育の問題に留まらず、日本社会のあり方そのものの問題を解決する必要があるんだなということに気付かされる。

中長期的には、教育人材の育成プログラムを見直し、教育者のスキルや経験の厚み・多様性を培ってい必要はあるだろうし、短期的には、場合によっては教育人材の抜本的入れ替えや、いじめ食い止めを優先する監視的なメカニズムを導入せざるを得ないかもしれないというところまで思考を進めて、対策を練る必要がある気がする。



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