記号論への招待

記号論への招待 (岩波新書)

記号論入門書の決定版

記号論とは、世の中に対する僕らの認識の仕組みを解き明かす研究である。それは、小さな子供がどうやって言葉を学んでいくのかといった日常的な観点だけでなく、普段何気なく接しているこの世界の中で、僕たちがどのように「自分」を「それ以外」から切り離して認識するかといった、アイデンティティのありかにも関わる非常に大きな広がりを持った話である。記号論は、こうした問いかけに対し、記号が記号として機能するためのベーシックなルールや、記号が内包する意味がどう広がっていくのかといった応用編を通して、様々な気づきを与えてくれる。

本書は、こうした記号論を誰にでも分かりやすく解説しており、入門書の決定版と言っても過言ではない。もちろん、情報を発信・解釈することの仕組みを理解することは、実用として非常に役立つし、いわゆる論理学と呼ばれる、ロジックをベースとした哲学を理解する橋渡しにもなると思う。

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記号の一番基本的なルール:“コード”

記号の最も基本的なメカニズムは、“コード”にある。コードとは、コミュニケーションを行う際に、相手と明示的/暗黙的に慮介している“決まり”のことだ。

もし伝達の目的を正確に達成しようとするならば、メッセージを構成する記号とその意味は発信者が恣意的に決めるのではなくて、受信者との共通の了解に基づいた決まりに従っていなくてはならない。

いわば、伝達に用いられる記号やその意味、記号の使い方に関する“辞書と文法”のようなものだ。発信者Aは、コードに沿って伝達したい内容を記号に置き換える。その記号が何らかの“チャネル”を通って受信者Bに届く。受信者Bは記号をコードで解読して、メッセージを理解する。これが記号の基礎である。これだけだと「当たり前じゃん」と思われがちだが、優れたコピーライティングプレゼンテーションドキュメンテーションは、この基本を応用していった先にあるわけだ。

 

記号の持つ社会的・哲学的意味合い

もちろん、記号には単なるコミュニケーションのツール以上の社会的・哲学的な側面がある。社会的な機能としては、記号は物事を文化的に“意味づけ”“価値づけ”する役割を持っている。例えば、天皇だけに「御行スル」を用いたり、被差別民を「黒」と呼ぶなど、記号にコードを共有する共同体独自の価値観を含ませたり、Roseがバラ(表示義)を表すのと同時に愛(共示義)を表すように、ある記号がもともと持っていない意味(=価値観)につなげられたりする。

また、哲学的な観点で言えば、世界を“モノ”や“コト”に分節する機能が非常に重要である。象徴的に言えば、ヘレン・ケラーが初めて“WATER”を理解したと同時に、世界は水と水以外に分かれた。そのように、僕たちは記号によって物事をマーキングすることで、世の中というものを捉えてきたわけだが、ウィトゲンシュタインが「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」と指摘した通り記号が捉えきれないもの(=思考の限界)があることにも気付かざるを得ない。

 

このように、記号は様々な観点で僕らにとって非常に重要な存在である。僕は高校3年生の時に初めて本書を読んで、記号を操ることの重大さに気付かされたことを覚えている。記号の限界を知った上で、その記号をつかって自分をどう理解し、世界をどう理解し、何を伝えていくか。大学受験の評論文や、大学の授業の研究などで本書を初めて手に取る方が多いと思うが、単なるツールとしての記号ではなく、このような記号の懐の深さを楽しんでほしい。



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