安心社会から信頼社会へ 日本型システムの行方

安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

“信用”の社会的メカニズム

本書がテーマとするのは、社会コストを左右する“信用”のメカニズムである。信用とは、明日晴れるという天気予報を信じる、時刻表通りに3分後に電車が来ると信じる、融資先が返済スケジュールを守ることを信じるなど、僕たちの様々なシーンに密接に関係する概念である。

こうした信用は、例えば第三者に対する一般的信用が低いと、融資の際に信用調査の手間コストがかかり、それでも返済にリスクが感じられる場合は利率を上乗せするという形でリスクヘッジのメカニズムが働く。反対に、信用が充実した社会を構築すれば、このような社会の非効率解消につながるわけだ。

社会心理学の第一人者である山岸俊男は、こうした問題意識に基づき、社会学、経済学、ゲーム理論を組み合わせた信用理論と、様々な実証的裏付けから、“あるべき信用の形”を抽出していく。

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“安心”と“信頼”は何が違う?

信用の議論でまず重要なことは、信用のタイプを区別して認識することである。本書では、客観的な評価がし易く、不確実性の比較的低い「能力に対する期待としての信頼」でなく、コミュニケーションの中で推し量ることが必要となる「意図に対する期待としての信頼」をテーマにしている。

その上で、著者は「意図に対する期待としての信頼」を、さらに「安心」と「信頼」に区別する。簡単に言えば、「安心」は何らかの規律や同調圧力によって、実際には相手の意図が予定調和の範囲におさまることへの期待であるのに対し、「信頼」は相手の意図に不確実性がある中でも相手が自己利益のために搾取的な行動をとらないだろうことへの期待を指す。

こうして信用の議論を丁寧に切り分けていくことで、著者は、この「安心」と「信頼」の差に現状における日本型信用メカニズムの限界があることを見出していく。

 

日本型信用メカニズムの限界

著者が主張する日本の課題をまとめると、こうだ。一般的には、アメリカ的契約社会よりも日本的信頼社会の方が、互いに寄せる信用が高いと見る向きがあるが、著者の実験からは、日本人の方が利己的な行動に走りやすく、アメリカ人の方が利他的な行動を取りやすいという真逆の結論が導かれた。

この結論は、僕らの常識と異なる結論だが、これまで高いと思われてきた日本的信用は、「信頼」ではなく、あくまで村的ルール(村八分や連帯責任)に支えられた「安心」であったという著者の説明は説得的だ。「安心」を支えるルールの自明性が失われ、誰も見ていなくなった今、日本において「旅の恥はかきすて」的な行動が節操なく蔓延している状況も整合的である。僕らの社会を支える“信用”は、ここに来て脆弱になっている。

 

「安心」メカニズムの再構築

では、僕らはどのようなやり方でより良い信用メカニズムを構築していくことができるだろうか。

ひとつは「安心」のメカニズムを再建することだ。ただし、「安心」のメカニズムは、相手のことを知る取引コスト(手間)を省く利点がある一方で、よそ者との取引の機会損失を生む欠点がある。特に、雇用にしても日常生活にしても、中長期的に安定した関係を盲目的に信じることが困難になる中で、自ら新しいリレーションを切り開いていけない出口のなさが、様々な鬱憤として既に社会の歪みとして表れているのではないだろうかと思う。

そこで著者は、今日における「安心」のあり方として、次のような形を提案している。

コミットメント関係の内部で社会的不確実性を低下させる従来の日本社会の組織原理が高くつきすぎるようになった現在、従来とは逆の方向での不確実性問題の解決、すなわち関係の解放性と透明性を高めることは、社会全体における社会的不確実性の低下と安心の提供をもたらす

要は「安心」の拠り所を、“不確実性に対する見て見ぬふり”から“不確実なことが分かっている状態”にシフトするのだ。

 

「信頼」メカニズムの導入

もちろん、より中長期的な課題としては、不確実なことが明らかになっただけでは足りず、個々人が「信頼」をベースに協働関係を相互に構築し、そうした不確実性を能動的に低下させていく方向性が必要となる。しかし、そもそも「信頼」とは言うものの、「信じる者がバカを見る」的な結果になるおそれはないか。

著者は、本書中盤以降、これまでの貴重な実証結果を惜しみなく披露し、一般的信頼を信用する高信頼型の人間が、「信じる者がバカを見る」に陥らないヒミツを解き明かしていく。例えば、対人信頼尺度を用いたアンケート調査や、複合的な信頼ゲーム実験からは、高信頼者は相手の信頼情報を敏感に読み取り、低信頼者よりも他人の行動を正確に判断することができることが分かっている。

つまり、「信頼」は「安心」と違い、対人関係のスキルや経験の裏打ち(ヘッドライト型知性)が重要なのだ。日本人にとって、現状ではこうした「信頼」型行動はあまり馴染みのないものだが、著者は今日の「安心」の低下状況が「信頼」へのシフトのきっかけになると捉えている。

実は、先に引用した文には続きがある。

・・・社会全体における社会的不確実性の低下と安心をもたらすだけでなく、ヘッドライト型の社会的知性育成にとっての望ましい環境を提供するという点にもつながっていくはずです。



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