西田幾多郎 無私の思想と日本人

西田幾多郎 無私の思想と日本人 (新潮新書)

難解な西田哲学を読み解く

西田幾多郎は、著書『善の研究』を通して独自の哲学観を打ち立てた。思想の世界に迷い込んだ読書好きは、ソクラテス以来積み上げられてきた論理哲学に浸った後、その思想観とは全く異なる「西田」という境地があることを知り、『善の研究』にチャレンジする。しかし、ここで誰もが難題にぶつかる。西田幾多郎の哲学はとにかく難しいのだ。

なにが難しいって、とにかく文章が回りくどく抽象的で、つかみどころがない。「私」などというものは根本的には存在しない、あるのはただ経験だけだという「純粋経験」とは一体どのような境地のことを言っているのか、と悶々とするはめになる。

そんな中で、西田の哲学を誰でも手軽に理解できる貴重な本が出てきた。本書は、京大の佐伯啓思が、西田幾多郎の思想に現代の思想的閉塞を超えるヒントを見つけていくというエッセイ的なもので、西田幾多郎の思想を研究したものではないが、西田入門書としても格好の1冊になっている。

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「自己内対話」の哲学

西田哲学を理解するには、実は彼の私生活に踏み込む必要がある。東京帝大を卒業した彼は、地元石川の中学校教師を経て母校の第四高等学校の講師となる。この頃の講義内容が『善の研究』のベースになったと言われている。

第四高等学校では生徒からデンケン先生(ドイツ語で「考える」の意味)と呼ばれていた彼は、40歳になり、京都帝国大学助教授として京都へ赴任してからも、学会における議論よりも、独りで膨大な書籍を読み、京都の町を歩いて思索し、「自己内対話」を常としていたという。

自己の内に沈潜し、自己内対話を行っていた西田の哲学は、ひたすら自己と向き合い、自己のうちを反省し、自己の底を覗き込もうとします。その底を突き破って、その果てに普遍的で絶対的なものを見出そうとしたのでした。

実は、当時の彼には家族が病臥し、亡くなるという不幸が重なっていた。幼くして死んだわが子の人生にどんな意味があったのだろう。いや、意味がなければおかしい。西田にとって、生きていること(=経験)の意味を明らかにすることは、彼自身が生きていく上で向き合わなければならない大きなテーマにならざるを得なかったのだ。

 

生きることの意味とは

興味深いのは、西田がその悩みの末にたどり着いたのが「空」だったということだ。「空」とは、西田の生涯の友であった鈴木大拙が追究した禅の言葉だが、要は、生きていることに意味があるということと、本当は何の意味もないということが本質的には不即不離の関係にあると了解することだ。

その「空」(本書は「無」と表現)に身を投じることに、単にニヒリズムに陥るでもなく、一方でナイーブに絶対的な正解を求めるでもない、真の納得があるのではないかと「一人の受難者」は考えたのだった。

本当は我が子の死に特別の意味はないのです。そしてそのことをそのままで受け止めるほかない。その時に「運命」という言葉が使われるのです。「運命」は己の力で動かせるものではない。自分で好きなように意味を与えられるものでもない。この「自己の力」を捨て、「己を捨て」たときに、根源にある「無」が「運命」という響きをもってたちあらわれるのです。これはひとつの救いといってよいでしょう。

 

「純粋経験」というプレ論理の世界

この救いの思想を踏まえると、『善の研究』が示した様々な概念がだんだんと理解できる。著者はまず、西田哲学の根本をなす「純粋経験」について読み解いていく。「純粋経験」は、観察する「私」と観察される「汝」の区別なく、経験そのものである状態で、先ほどの「空」の世界観で言えば、「色即是空、空即是色」にも共通するものだ。

花を見た一瞬、アッと息をのんだ時、私は確かにある経験をしています。しかし、この時には、「私はいま桜を見ている」ということさえもできません。「きれいな桜だな」などと考えたりもしません。そんな明瞭な認識はないのです。この一瞬には言葉もでてこないのです。ただ「経験」があるのみです。
そこには、「私」もなければ、対象化された「桜」もありません。いわば両者が融合したような経験だけがあるのです。

二元論的な科学的論理の基礎を創ったといわれるデカルトが「我思う、ゆえに我あり」をアッと直観したときも、その瞬間はおそらく「純粋経験」だったのではないか。しかし、それを「我思う、ゆえに我あり」と論理的に書いたときにはもう経験ではなく、あくまで論理の中で「主体」や「客体」を仮構して思考したものにすぎないと著者は言う。

西田哲学は、デカルトと違い、その「アッ」の瞬間にしか分からない境地に留まることで、「私」が「経験」するのではなく、「経験」が「私」を生みだすという関係を大切にした。それが『善の研究』の「個人あって経験あるのではなく、経験あって個人ある」ということの意味だ。

 

無・意味であることの意味

西田は、このような「純粋経験」から、この世界が「無数なる物と物との過去無限からの相互限定によって、即ち相働くことによって決定せられたもの」と考えた。これを表すのが「多と一との矛盾的自己同一」や「ポイエシス(制作)」といったキーワードだ。もちろん、彼は運命に翻弄される「私」に諦念していたわけではない。むしろ、すべての生の活動を一度「無」のなかに投げ込むことで、意味がある/ないという囚われから抜け出し、「意味が出来する以前」に戻ろうとした。

しかし、そうはいっても捨てるに捨てきれない「我」がいるのも人間の性だ。それでも、その「我」を「我」として認めつつ、その奥底にある「絶対無」へ思いをはせることで、そこに「我」を超えた世界との関わり方を見出せるのではないか。「ポイエシス」は過去から将来に続く「伝統」であるという保守の議論につなげる著者のロジックは正直こじつけの感があるが、改めて西田哲学の投げかけを理解することができた。



“西田幾多郎 無私の思想と日本人” への1件のコメント

  1. clb_webmaster より:

    本書は、祖父の葬儀に向かう道中で読みました。
    葬儀では「修証義」という道元の「正法眼蔵」を簡略化した経典を読みましたが、
    そこに描かれていた世界観が西田の哲学に共通していたので抜粋して紹介します。

    生を明らめ 死を明きらむるは 仏家一大事の因縁なり、生死の中に仏あれば生死なし、
    但生死すなわち涅槃と心得て、生死として厭うべきもなく、涅槃として欣うべきもなし、
    是時初めて生死を離るる分あり 唯一大事因縁と究尽すべし。
    (「修証義」第一章(総序)第一節)

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