狂骨の夢

文庫版 狂骨の夢 (講談社文庫)

読者を巻き込んだ怪談話

京極夏彦は、京極堂シリーズの前2作で、京極夏彦は僕たちが向き合っている現実世界そのものをひっくり返すメタミステリという壮大な試みを物語に編んでみせた。3作目にあたる『狂骨の夢』では、更に「再度の怪」という怪談のモチーフを取り入れ、メタミステリと怪談物語を両方いっぺんに成立させるという更なるウルトラCをやってのけた。

読者は、現代に巣食う妖怪が跋扈する怪談話に引き込まれ、京極堂の憑き物落としで現実に引き戻されるのと同時に、僕たち自身が見ている現実と「夢」には境がないことに気づき、驚愕させられるのである。

狂骨_鳥山石燕

狂骨(絵:鳥山石燕)・・・井戸から表れる怨念の姿。それ以上の具体的な由来は不明。

死人が甦るという怪異

物語は、宇多川朱美という女の不思議な怪奇譚にまつわる。逗子に釣りに来ていた釣り堀屋の伊佐間に、朱美は昔殺されたはずの前夫申義が目の前に現れ、朱美を犯すのだが、その前夫を朱美は絞め殺し、首を切り落としたという白昼夢を語る。しかも、これは一度ならず、何度も犯されては殺し、首を切断した鉈と鋸の感触すら残っている。一体、死人が甦ることなどあり得るのだろうか。朱美は本当に殺したのだろうか。

そんな中、金色髑髏が海に浮かぶ事件が話題になっていた逗子海岸で、本物の生首が発見されたことで事態は急速に現実味を帯びていく。小説家の関口巽と雑誌記者の中禅寺敦子は、朱美の再婚した夫で大物小説家の宇田川崇から朱美の話を聞くのだが、なんと宇田川自身も「庭中血の海」を目撃していたという。謎だらけの情報を聞いた京極堂は、髑髏にまつわる真言立川流や南北朝を巡る争いなど、事件の裏に潜む様々な思惑をつなぎあわせ、思いもよらない真相を明らかにしていく。

「生きている彼の人生はそこで終わっている。そして死後の彼を造るのは私達です。ああ、私はあの世がないと申し上げている訳ではありません。死後の世界は生きている者にしかないと云っているのです」

 

浅き夢見し

今回の事件では、京極堂は「狂骨」という妖怪が人々を惑わせていることを喝破する。「狂骨」は白骨が井戸から顔を出している“だけ”の不思議な妖怪だ。鳥山石燕が描く「狂骨」の顔は、全く恐ろしくなく、間抜けにさえ見える。この「狂骨」が意味する本質は、惑っているのは人間の方だということだ。人が白骨を見て、そこに様々な思い(「夢」)を投影し、勝手に狂っていく。

夢とは、周りから見れば滑稽でしかないが、自分の中では現実そのものに他ならない。だから、今回の真相も、明かしてしまえば残るのは単なる白骨でしかないのだが、とはいえ、「狂骨の夢」に狂うことと、日常を取り戻すことのどちらが果たして幸せなのか。京極堂の憑き物落としは、そんな相半ばした思いの中、執り行われていく。

「いいんだ降旗君。本当にその人の云う通りだよ。救済は常に、する側でなくされる側の問題なのだ。人は人を裁くことはできないが、救うことはできるのかもしれない。それで救われたなら、それもまた神の意志だろう」



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