M&A新世紀 ターゲットはトヨタか、新日鐵か?

M&A新世紀 ターゲットはトヨタか、新日鐵か?

本書は、投資銀行でマネージングディレクターを歴任してきたM&Aのプロが書いた株式価値論だ。

株式価値とは、シンプルには株式市場における価値の総和(株式数×株価)で表される。

要は、その企業が将来に渡って生み出す価値のうち、株主に帰属する部分につけられた期待値と言える。

この期待値をベースに会社を売り買いするのがM&Aだ。

M&Aは、買い手にとって、自分なら既存の株主の期待値を上回る価値を創出できると踏んで、

既存の株式にプレミアムをつけて対価を支払わなければいけないリスク大の取引であり、

また売り手を代表する対象会社にとっても、この買い手との取引が株主にとってベストであることに

責任を負わなければいけないという緊迫した意思決定の局面である。

そうしたピリピリとした意思決定の現場に身を置いてきた著者は、

日本企業のグローバル資本主義に対する認識の未熟さに、危機意識を抱くようになった。

 

具体的には、こうだ。

まず、2006年前後に大騒ぎとなった三角合併。

外資が乗り込んでくるというスキームにばかりに注目が集まり、「大山鳴動して鼠一匹」に終わった。

著者は、三角合併を用いたOut-Inの取引が起らなかった理由を解き明かしながら、

無意味に買収防衛策を導入し、株式の持ち合いを進めた日本企業の理解の甘さを厳しく批判している。

キリンとサントリーの統合(後に実施解消)も、著者の問題意識を強く刺激したきっかけだ。

この統合は、ニュースで騒がれているように本当に「勝ち組同士の合併」なのだろうか。

日本のビジネスパーソンは、2社が合併に踏み切った意図を理解しているだろうか。

ミタルとアルセロールのような巨額のM&Aが起きる「M&A新世紀」の厳しさを本当に理解できているか。

この問いに答えることができないならば、本書を是非手にとってほしい。

 

M&Aは経営戦略、つまり企業価値最大化の取り組みのひとつである。

仕掛ける側も受ける側も、そのM&Aが実行に値するか否かの判断を見栄や意地で曲げてはいけない。

しかしながら、ことM&Aとなると、手段の大きさにひっぱられて判断の目が曇ってしまうことがある。

ライバルを飲み込みたい、外資に乗っ取られたくない、リストラされるのではないか。

僕もこれまでM&Aの最前線を経験してきたが、M&Aの制度は半年で激変するほど成熟してきたが、

M&Aを使う側の発想は、あいまいな感情論から抜け出せておらず、まだまだ揺籃期にあると感じる。

著者は更に、政府・民間ファンドの動向や、ブルドックソースやアデランスにおける株主と経営陣のバトル、

インベブとアンハイザーブッシュ等の大型案件の裏側を語りながら、

グローバル資本主義とM&Aの現実を日本の経営者に突きつけていく。

 

グローバル資本主義は、悪者として描かれることも多い。

一方で、著者はあくまで企業にとって飛躍のチャンスとしてポジティブに捉えている。

私はそこに、小国、尾張の田舎侍、織田信長が旧来の因習にとらわれず、
新しい考え方を大胆に取り入れ、天下統一を進めていった姿と共通するものを見る気がする

端から諦めたかのように、Googleのように種類株式(議決権を制限した株式)を発行して、

経営権を奪取されないようにした方が懸命だなどと、後ろ向きの発想をする必要はない。

資本主義の世界と前向きに向き合ってこそ、資本主義の先にあるものを掴めるのではないか。



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