市場の時代

市場の時代 Market Unbound: Unleashing Global Capitalism

“アノマリー”がなくなる

グローバル化が究極まで進展すると、市場の“アノマリー”がなくなる。

“アノマリー”とは、政治的な介入等によって市場経済が合理的に働かない機能不全を利用して、

プレーヤーがそのスキに利を得ることのできるチャンスを指す。

かつて外資系ファンドが不良債権の処理を利用したアービトラージを仕掛けたようなことだ。

しかし、近年の情報の充実や取引コストの低下により、アービトラージは世界中で繰り返され、

裁定取引の余地は、徐々に減少する運命にある。

マッキンゼーのグローバル・リサーチを下敷きにした本書は、そうした資本市場の変化を踏まえ、

これからのコーポレートファイナンスやストラクチャリングがどう変わるのかや、

そうした市場において政治はどのような役割を果たすのかについて考察を加えている。

中心の議論は「アノマリーがなくなっていく」ということに尽きるため、いろんな角度からの検証が

冗長に感じたが、経済学の大前提である「完全競争」が現実に起きているようすを、

ビジネスの視点で観察した面白い書籍であることは確かだ。

 

どこまで“非アノマリー化”するか

「一物一価の法則」とは、“価値と価格は均衡する”という普遍的原理のことである。

交換と、リスクの統一価格設定を妨げる障害が存在しないとき、同等のリスクを持つ、

あらゆる売買可能な商品と通貨は、取引コストを考慮に入れて、

どこでも同一の価格で取引されなければならない。

短期的ならび長期的に、売買可能な商品の金融裁定取引きによって、

すべての金融商品と通貨は、相互の相対的金融リスク/リターン比率にしたがって

取引きされることになる。

一方で、個人、企業、政府レベルで見た場合に、現実としてどこまでこの法則が機能するだろうか。

リーマン・ショック以降、各国はこぞって市場に政治介入しており、この法則と逆のベクトルも働いている。

著者はこのような政治介入について、「介入の効果がリスクを上回っているか見直されるべき」と

指摘しているものの、概して非アノマリー化しつつもローカル化、“島宇宙”化するというのが、

現実的な落ち着きどころなのだと思う。

 

企業ガバナンスの変化

“非アノマリー化”による影響のひとつとして、僕は企業ガバナンスの変化にも注視している。

これまで日本企業は、メインバンクや長年の取引先との関係を優先して資本の流れを形成してきた。

例えば、銀行が感情や体面の論理で貸付を行ったり、同業のトップ同士の声ひとつで業界再編が起きる

などというジャパニーズ・ロジックについて、誰も疑問を持たなかったわけだ。

しかし、グローバル化によりボーダーレスなファイナンスが日常化することによって、常識は変わりつつある。

M&Aにおける買収合戦や、近時のTOBに対する判例など、経済合理性に対する鋭いまなざしが

日本にも浸透していることを仕事柄、日々感じており、数年前と比べても隔世の感がある。

その意味で、“非アノマリー化”による日本の喫緊の課題は、ステークホルダー間の利害関係に対する

リテラシーの養成だと考えている。



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