年中行事覚書

年中行事覚書 (講談社学術文庫)

柳田民俗学の意味

柳田國男が日本全国を歩いて拾い集めた風俗的・民俗的物語には、不思議な魅力がある。柳田の話をするとよく持ち出される、日本の伝統を復古させる国粋的発想云々という文脈には個人的に興味がなく、近代合理的な発想にない、全く異なる世界観が存在することを教えてくれるところに面白さがある。

僕たちはなぜ儀式や物語を大切にするのか、その背景にある“怪異”に托されたものとは何か。本書は、主に農村で決まった日付でもって執り行われた「式」である年中行事をテーマに、節句や案山子、ねぶた、庚申信仰など、身の回りの行事を紐解くことで、僕たちが忘れがちな活き活きとした世界のあり方を示してくれる。

人が自らを知るということは、すでに容易な仕事ではないが、国民が自分の国を知るのは、それよりもまた何層倍かむつかしいことだった。しかも方法はなお幾らもある。第一にはめいめいの無知に気づくこと、今までわかったつもりでいたものに、実は答えられないことが多いのは、私みたいな年よりには、一種の若返りの薬であった。年中行事は小さな問題だけれども、ことにこの中からいろいろの新しい疑いが生まれて、人の話を聴く楽しみが止めどもなく成長する。

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救済装置としての年中行事

例えば、3月3日に行われる「節句」とはどんな意味を持つ行事なのか。柳田は、歴史をさかのぼり、江戸時代以前は「節供」と呼ばれていたことを記している。「節供」とは、文字通り供するもの、すなわち食物のことを指すのだという。つまり、人が共に同じ食べ物(同じ甕の酒、同じ甑で蒸した強飯、同じ臼でついた餅など)を分け合って食べることで、そこに眼に見えぬ力の連鎖を作るという信仰が根本になっている。同じ日に行われた磯遊びや古雛流しなどの行事も、単なる遊技ではなく、本来は忌み嫌うべき日に、家にいることを避けるために外で過ごす儀式だったと言われる。

その他にも印象に残ったものとして、以下のような行事がある。

 

年中行事の喪失

このような行事は、今や季節ごとの楽しいイベントでしかない。もちろん、今さら年中行事に切実な思いを仮託しろというほど非現実的なことはないが、こうした装置がなくなったことによって、僕たちが失ったものに対しては意識的であるべきだ。当時に生きる人々は、日常として理解できる範疇を外れたもの(天変地異等)に対し、様々な工夫を凝らし、非日常の中に回収し、人々を救済する仕組みを持っていた。

では、僕たちは年中行事ではなくてもいいが、そうした救済装置を持てているだろうか。近代は、合理主義の名の下に、年中行事の活き活きとした根拠だけを抜き取り、本来は埋められるべき世界の穴には何も配慮できてこなかったのではないか。自分を世界のどこかに位置づける作業のために用いられた「式」が果たしていた機能は、いくら合理主義が発達しようとも決して無視できないものがある。

今一つは新しい慣行よりも、新たに入って来た外国の理論に、根拠をまず求めようとしたことが、ついに民風を新たにし得なかった原因かと思われる。(中略)中世以来の社会事情に動かされ、またはただ単なる流行によっても、よそでそうするならここでもと、気軽に改めた部分もないとは言えぬが、その保存にも改廃にも、ともかくも彼らの理由があった。



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