熱湯経営 「大組織病」に勝つ

熱湯経営―「大組織病」に勝つ (文春新書 586)

大和ハウス工業の改革の記録

著者は、業界屈指の業容を誇る大和ハウス工業株式会社の代表取締役兼CEO。

1963年、同社に中途入社した著者は、はじめは前職である鉄鋼商社での経験を

見込まれ資材部に配属されたものの、次いで営業支店を転々とし、

更には債務超過寸前の子会社(大和団地)へと、数々の窮地を経験していく。

そして、営業支店・大和団地をみごと再生させた後、大和ハウスの社長に就くのだが、

そこには大組織病という困難が待っていた。

大和ハウス工業は、故石橋信夫氏という創業者の強烈なリーダーシップのもとに

急成長を遂げてきた、いわゆるオーナー系の尖った会社である。

その創業者から直に薫陶を受けてきた著者の、経営への熱く、実践的な姿勢が面白い。

以下に読後メモを記すが、フランクな語り口と関西弁のテンポが大きな魅力でもあるので、

是非実際に手に取ってほしい。

 

マネジメントたるための要件

ところで、あなたにとってマネジメントに必要な要件とは何だと思うか。

僕は、いざとなれば最前線でマネジメントが手を下す気概と能力だと考えている。

環境変化の少ない業界では、“調整”能力に長けた「エリート型」が選ばれるきらいがあるが

既に多くの業界で、経営環境の変化を前提とせざるを得ない状況となっていることは

周知のことであり、過去の慣習や得意・不得意で、調整役に留まることは既にできなくなっている。

そうした環境においては、事業の転換点においてはトップが前線に出て旗を振れること

これが競争力を左右する重要なファクターだと思う。

トップが前線に出るなんてベンチャーであって、

事業規模が大きければ前線から離れるのが自然なのではないか?

1兆円超の売上規模の会社を変革した著者は、そのような疑問にもガツンと応えてくれる。

 

ぜんぶ、俺が見て、俺が決める

では、具体的に著者が各組織でとってきたマネジメント・スタイルを簡単に紹介してみよう。

例えば大和団地の社長時代は、スピーディに構造的な不振から脱却することがテーマであった。

そこで、なんと「どこにどんなものを建てるかは、「ぜんぶ、俺が見て、俺が決める」」と宣言し、

部下たちが評価損に言い訳する余地を排してしまった。

実際、すべての所有物件を見て歩き、ものの良し悪しを判断したというから本当に徹底している。

緊急事態には、このようにまさに「現場に降りてくる」ことを厭わない姿勢が、組織の命運を決する。

一方で、「毎年、社員を百人以上採用しろ」と指示を出し、この会社は成長を見据えているということを

明示して見せ、ディモチベートした社員を鼓舞することも忘れていなかった点も強調しておきたい。

 

“熱湯経営”

そして、大和ハウスCEOとしての最大のテーマは、大組織病を払拭する“熱湯経営”の実践である。

当時の大和ハウスは、1兆円企業として成熟し、簡単につぶれないと誰もが感じる業容になっていた。

こうなると、挑戦より失敗回避、人が仕事を作る、業務に疑問を持たないなど、

惰性からどうしても生産性に寄与しない業務が肥大しがちになる。

これに対抗するため、著者は意思決定の権限を支店長に、評価の権限を社長に与え、

主体的に物事に取り組むものが評価される究極のスタイルに変えてしまう。

と同時に、自らのミッションを明確に認識していない組織は容赦なく解体していった。

「いざとなれば俺が隅々まで見て回って、全て判断してやる」という姿勢が可能にした大胆なやり方だ。

このように“ぬるま湯”を“熱湯”にすることで、“ひらめ社員”は自然とドロップアウトしていき、

個々人にかかるプレッシャーは重くなるものの、残った社員の実績が報われる組織となる。

 

現場に降りる覚悟と能力

生産性向上・コスト削減を経営課題とする企業は多く、特に人の生産性・コストは聖域化しやすい。

希望退職を募っても、出口のない“ひらめ社員”に限って出ていかないのが大方のパターンである。

そのままでは、緩やかに、だが確実に旧大和団地のような窮地に間違いなく近づいていく。

大組織病の症状に早い段階で気づき、「現場に降りていく」ことができるか

現役経営者の方、あるいは経営者を目指して成長中の方に是非読んでいただきたい。

僕自身もコンサルタントとして、大上段から仕事のやり方・考え方を変革するやり方と同時に、

できるだけ現場に出、将来の方向性を語り、社員に求めることを伝えていくことが必要だと痛感した。



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