原発ホワイトアウト

原発ホワイトアウト

原発問題を放置し続けるこの国への警鐘

3.11の大震災を引き金に、原子力発電の安全神話がいとも簡単に崩れ去った。津波に対する事前対策、炉心融解等の危機的事態への想定、国民を守る安全基準の定義。結局、どれをとっても信頼すべきものは初めからなかったのだと僕らは痛感した。どうしてこうなってしまったのか。またそれ以上に、この大きな過ちを経た上でもなお、もう一度同じことは起こさないという実感をどうして持てずにいるのだろうか。

本書『原発ホワイトアウト』は、原発政策の当事者であるだろう現役官僚(匿名)の作者が、フィクションに仕立てながらも、原発処理の裏側を赤裸々に語った問題作だ。東電、政府、官僚は何を思い、どんな企てをしていたのか。本書を読んでいくと、この国がなぜ問題を放置し続けてきたのか、そしてなぜ今もなお問題を放置し続けているのかが明らかになってくる。

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原発処理の裏側で起きていた事実とは

物語は、3.11後、民主党から自民党への政権交代選挙あたりから始まる。様々な魑魅魍魎が登場するが、特に際立っている人物は、日本電力連盟の常務理事として関東電力から出向している小島と、経産省資源エネルギー庁次官の日村の原発推進派。一方の、元テレビアナウンサーで個人的な事情からも原発問題を追及する玉川と、彼女に協力する原子力規制庁総務課課長補佐の西岡の現状路線懐疑派だ。

原発村を代表する小島は、原発の再稼働に向け、関東電力がこれまでに作り上げてきた資金、コネ、圧力を総動員して、政治家を絡め取り、メディアを黙らせ、そして現実に福島県知事の身に起きたように、原発反対を主張する新崎県知事にスキャンダルを仕掛ける。日村も、愚昧な大衆を導かなければならないという自負と、それに見合った利益を得んがため、官僚独特の文書術で法案を骨抜きにし、用意周到に根回しをしていくそれに対抗する玉川と西岡は、危険を顧みずに内部情報を公に暴露するのだが・・・。

 

“お上”任せの国、日本

小島や日村が使った手は、実はまったく目新しいものではない。東電がいなければ生きていけない企業群で全国津々浦々に張り巡らされた動員ネットワークや、落選時に東電に職を斡旋してもらい頭が上がらなくなる政治家、広告の引き上げに怯えて簡単に主張を左右するメディアなど、東電は構造的に責められないようになっているし、原子力損害賠償支援機構法の第68条に代表される通り、官僚はメディアの目を簡単に欺いて、東電が潰れないよう細工をすることくらい、朝飯前なのだ。

こうした強力なパワーとテクニックを持つ彼らに対して、僕らはあまりに貧弱だ。彼らのやり口に噴き上がるものの、誰かが辞任したり、余剰資産を売却したりと、トカゲの尻尾を差し出されるとそれで納得し、解決したような空気になってしまう。もちろん、これまで何十年とそうして“お上”の判断に任せていても大過なかった実情もある。しかし、頼れる“お上”などいないことが分かり切った今、この構造は大問題でしかない。

 

大衆はスキャンダリズムを超えられるか

度重なる問題の噴出を目にして、日本の大衆もさすがに変わりつつあるような気もする。声になっていない思いも含め、「今のままでは・・・」という漠然とした危機感はあると思う。この動きを風化させず、いかに民度の底上げにつなげていくか。

僕個人としては、正直なところいっそのこと日本を出るかという思いも相半ばしているが、なんとかこの国で何かできないか、とも思わされるところがある。これからこの国に少しずつでも変化を起こせるかどうかはこの物語を単なる週刊誌的スキャンダリズムに終わらせない、僕らの意識にかかっている。



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