パラダイムの魔力

パラダイムの魔力―成功を約束する創造的未来の発見法 Paradigms: Business of Discovering the Future, The

パラダイムとは何か

ビジネスの世界でよく耳にする「パラダイム」という言葉は、もともとは科学で用いられた言葉だ。

科学の世界では、基本的に物事の正否は実験をすれば誰の目にも明らかなはずだが、

コペルニクスの地動説やダーウィンの進化論のように、現代の僕らから見れば明らかに妥当な理論が

既存の理論に阻まれ、受け入れられないという事態が起きるのはなぜだろうか。

パラダイム論の本家である科学者トマス・クーンは、パラダイムをこのように定義している。

ある専門領域の科学者集団で共有されている普遍理論、背景知識、技術などの複合体で、
科学活動の中心的構成要素として科学者集団を維持し、再生産するもの

天動説を基礎に積み上げられてきた理論は、お互いが補強し合い、更なる応用理論を生み出す。

地動説が唱えられたときも、天動説派は地動説が論拠とした観測結果を天動説に取り込むことで、

ニュートンが慣性を定式化し、地動説を決定づけるまで有力なパラダイムとしてあり続けたのだ。

個別の議論ではなく、議論を束ねるこうしたレイヤーの存在に目を向けるのがパラダイム論だ。

 

正しいパラダイムに気づくには

パラダイム論が僕らに投げかけるのは、パラダイムが変わってしまえば答えは変わるということだ。

「ドリルを買いに来た人にドリルを売ってはいけない」という有名な喩えがある。

ドリルを買いに来た人は、なぜドリルを買いにきたのか。

鍵を失くして窓を割ろうとしているなら、鍵屋を紹介した方がいいかもしれないし、

夫婦喧嘩で護身用にと考えているなら、弁護士を紹介した方がいいかもしれない。

正しい成果を出すには、考えるべき正しいパラダイムに気づくことが大前提だ。

では、正しいパラダイムをどうやって見極めればいいのか・・・。

その疑問に答えるのが、本書『パラダイムの魔力』だ。

本書は、様々な事例をもとにどこにパラダイムのわなが潜んでいるのかを教えてくれる。

クリティカルシンキングのお手本として、戦略コンサルタントの間で定番本となっている。

 

なぜ古いパラダイムを抜け出せないのか

新しいパラダイムに適応するのが難しいのは、これまでの投資を放棄しなければいけないからだ。

著者は、こうしたサンクコストの代表例として、以下の4つを挙げている。

1. 多くの重要な問題を解決するカ

2. 問題を解決できる有能な人物としての高い評価

3. それなりの報酬(パラダイムを巧く使いこなせることに給与が支払われる)

4. 自分のパラダイムを使いこなす能力が生んだ肩書と地位

これらを捨てるのは、仮に捨てなければいけないと分かっていても難しい。

今や常識になっていることについて、かつてこんな発言があったのも、自然なことなのだ。

蓄音機に商業的価値はまったくない(トーマス・エジソン)

世界でコンピューターの需要は5台ぐらいだと思う(トーマス・J・ワトソンIBM会長)

アメリカは1970年までに人類を月に着陸させるケネティ大統領の目標を実現できないだろう
(ニュー・サイエンティスト誌)

 

パラダイムのわなを思い出す3つのヒント

パラダイムは、僕たちが物事を効率よく理解するための「心理的フィルター」の役割を果たしている。

誰でも自分のパラダイムを通してしか、世界を見ることはできない。

だから、何らかのパラダイムに依存してしまうこと自体は問題ではない。

依存しているパラダイムが何かを常に意識にあげるための思考のヒントを持つことが重要だ。

本書には、僕らの意識を突っついてくれる面白いヒントがたくさん詰まっているが、

その中から、僕がいつも心にとどめている3つの事例を紹介したい。

<エアバッグと手榴弾>

エアバッグが作動するトリガーを発明したのは手榴弾のメーカーだ。

確かに、考えてみると何か衝撃を与えたときに爆発するという技術では共通点がある。

彼らはそこに気づき、エアバッグ用のトリガーを短期間で安価に作ることに成功した。

しかし、彼らが自動車メーカーにセールスに行くと、手榴弾メーカーというだけで門前払い。

結果、手榴弾メーカーが40万ドルの開発費で済んだところ、

GM、フォード、クライスラーはこの開発に10億ドル以上かけたという。

<ソニーのCD>

ソニーはLPレコードの次の製品として、LPサイズの音楽用CDを開発した。

LPサイズのCDには音楽を18時間も収録できるため、使い道がないと商品化を諦めた。

一方のフィリップスは、カラヤンのベートーベンの第九が片面に入るよう、

CDの寸法を小さくして難なくCDを商品化したのだった。

ソニーにとって、音楽を入れる器といえばLPの12インチしか思い浮かばなかったのだ。

<バドワイザーの缶ビール>

あるダイバーが、水深40~50メートルの海底で赤いバドワイザーの空き缶を発見した。

しかし、実は光のスペクトルの関係上、深海で赤は絶対に見えないはず。

あの真っ赤なバドワイザーのイメージが、気づかぬうちに見えるはずのない赤を見せていたのだ。

 

分かっていても抜け出せない場合

現実には、いかにパラダイムの劣化に気づいても抜け出せないことがあるというのが良くある。

フィルム需要が激減しながらも事業ドメインを転換できず倒産したコダック。

震災前から災害、原発、津波のリスクを指摘されながら3.11をむかえてしまった東京電力。

悪いと分かっていながらも相手を追い込むまで続けてしまった集団いじめも、同じような論理だ。

個人的には正しくないと分かっていても、自分だけがパラダイムを乗り換えても

マイナスになる(少なくとも面倒)という組織論理が働くときに、こうしたことは起きる。

ここに着目したのが、クリステンセンの有名な「イノベーションのジレンマ」だ。

彼の処方箋は、単純にいえば「新しいことをするには組織を分けるしかない」ということだった。

このあたりも、パラダイム論を知っているとより深く理解できる。

 



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