M&Aの契約実務

M&Aの契約実務

M&Aの世界における3つのアート

M&Aの世界には、取引を設計するストラクチャリング、企業の価値を測るバリュエーション、権利・責任関係を明文化する契約実務の3つのアートがある。アートと呼ぶのは、いずれも明確な答えがなく、相手との交渉戦略の観点、プロとしての肌感覚、世の中の事例、公的機関の判断等を複合的に考え合わせて設計していく、M&Aの真骨頂だからである。

本書はアートのひとつ、契約について、アートをナレッジに落とし込もうとした意欲作である。長嶋・大野・常松法律事務所の著名弁護士 藤原先生を筆頭に、実務の精鋭メンバーで執筆しているため、非常にプラクティカルな内容に仕上がっており、M&Aに携わる者として非常に重宝している。M&A契約を基礎から学びたい人はもとより、既にM&A契約実務に関与されたことがある方も、理解度のステージを1つ上げるために必読の1冊である。

 

M&A契約を隅まで理解する

本書は、大きく2つのパートで構成されている。

1つめは、各ストラクチャー(株式の取得・事業の取得・組織再編)の特徴と主な契約内容の概論だ。ストラクチャーごとに典型的な論点(例えば合併・分割における補償の考え方、Change of Controlへの配慮)がまとまっており、M&A契約の“導入編”として役に立つ。

2つめは、契約書の項目別(当事者・譲渡価格・取引実行条件・表明保証・誓約・補償・解除等)に切り口を変えて、各項目の法的性質を、ある種マニアックなレベルまで深い議論がされている。表明保証のタイミングに関する議論、表明保証と誓約の法的効果の違いなど、M&A契約実務では必ずつきまとう議論に対して、曖昧にせず、腹におとして理解するにはこのくらい深い議論が丁度いい。

 

リスク分担の仕組み

M&A契約の構造として肝となるパートは、当事者間のリスク分担に関する設計だと言えよう。M&A契約書を見る目を作る基礎となるため、ここで少し紹介しよう。

まず、リスク分担の対象とする事項を記載するのは、“表明保証”のパートである。この規定の真実性と正確性が、「契約条件の妥当性・取引実行の是非を判断する上で前提とされた事項の中核」を構成する。これをベースに、具体的なリスク分担方法は、“取引条件”及び“補償”のパートで定義していく。

本書では、リスク分担方法を2つの視点で分類して説明を行っている。

  1. 取引を中止する方法:取引実行条件で定義
  2. 金銭的にリスクを評価することによって取引の条件を修正する方法:補償で定義

一見類似した項目として誓約があるが、誓約は当事者がクロージング前後に行うべき事項・留意すべき事項を定義したものであり、前記の表明補償等とは区別して扱う必要がある。

 

魂の入った契約書を作る

実際のM&Aの現場では、こうした教科書論をいかに応用するかで様々なハードルがある。特によくあるのが、M&Aのリーガルアドバイザーが、クライアントのためを思いクライアントに有利な条件を譲れないために、交渉がスタックしてしまう状況だ。しかし、M&A契約は両当事者のリスク負担(ある意味痛み分け)であるので、折り合いは必要だ。

その時に、M&Aを通じて実現したいことから折り合いの基準を導き、それを表明補償や補償のコントロールで両当事者がぎりぎり納得できるスキームを作るのが腕の見せ所だ。表面的なリスクの押し付け合いではなく、M&A実行後を主眼においた、魂の入った契約書を作るためには、M&Aの戦略性と契約の構造の両方を理解することが重要である。



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