原発プロパガンダ|本間龍

原発プロパガンダ (岩波新書)

誰も語らなかった戦後日本広告史のダークサイド

3.11の東日本大震災による福島原発の事故以降、日本国内は原発推進と反対の間で大きく揺れている。これまで広く受け入れられてきた「安全神話」が脆くも崩れ去った以上、「お上に任せきり」ではなく、原発はどこまで安全なのかを客観的に見極めたいという民意が醸成されてきたことは大きな変化だと思う。

それにしてもなぜ僕たちはこれまで「安全神話」を盲目的に信じていたのだろうか。結果論に過ぎないかもしれないが、落ち着いて考えれば、廃棄物処理の目途が全くなく、見るからに津波に弱い立地で、3.11ほどでないにしても過去にも何度も事故を起こしている原発を安全と言い切るのは楽天的に過ぎたのではないだろうか。

実はその背後には周到な仕掛けがあった。本書『原発プロパガンダ』は「安全神話」がいかに意図的につくられたのかを、政府・電力会社が国民を意図的に誘導するプロパガンダメカニズムとして解き明かす。著者は博報堂で営業を18年経験し、広告業界のウラまで見てきた人物だ。彼の『原発広告』や『原発広告と地方紙』などの著作は、原発がプロパガンダで守られてきた構造を白日の下に晒す大きな役割を果たした。本書はその凝縮版である。

福島の事故を経験した今や、仮にまた事故が起きた時に国民は「知らなかった」「騙された」ではもう済まされない。一方で、あとで紹介するように実は原発プロパガンダは早くもなし崩し的に復活してきている。だんだんと事故の記憶が薄れゆく中で、いつの日か国民は同じように「安全神話」に安住してしまうのではないだろうか。行く末はこの本の警告を僕たちがどう受け取るかにかかっている。

原発プロパガンダ_普及開発関係費の推移(東電)

東京電力の普及開発関係費(=広告宣伝費)の推移(本書図表をもとに作成)
東電だけで年間200億円超が投じられ、事故後には大幅に増加する傾向がある

 

官・電・広が一体となったオーウェル的システム

ジョージ・オーウェルのSF小説『1984』を読んだことはあるだろうか。国民に対して24時間の監視や新語法による思想の管理を行ことで、国家に対する国民の疑問の芽を摘む全体主義の恐怖を描いたこの小説は、体制によるプロパガンダがいかに思想レベルで国民を支配できるのかを見事に描いた。原発に関するプロパガンダは、まさにこのオーウェル的悪夢を思い出させる典型例だ。

そのプロパガンダメカニズムは、大きく5つの仕掛けで成り立っている。(1.)体制(官公庁・電力会社・メーカー等)が自分に有利な情報のみを、(2.)大量の広告出稿で国民に刷り込むという典型に加え、原発プロパガンダが根深いのは、(3.)広告を引き上げるという脅しでメディアの自主規制を促し、(4.)批判しようものなら報道内容の誤りを執拗に指摘して訂正させるというメディアに対する圧力(福島事故後に電事連は彼らのWebsiteから削除している)である。いざとなれば、広島テレビから中部電力がスポンサーを降りたり、田原総一朗がテレビ東京を辞めさせられたように、実力行使を辞さないことも実証済みだ。そして、(5.)被害を受ける原発立地県ですら交付金欲しさに声を上げられない。本書は、この5つの仕掛けがどのように機能しているのか、広告事例や様々な図表を挙げながらわかりやすく説明している。

 

  1. 事故を事象(インシデント)として処理するなど情報を外に漏らさない
  2. 総括原価方式による無尽蔵の資金で広告を大量出稿することで国民を誘導する
  3. 広告枠を値引きせず大量に買ってくれるスポンサーとしてメディアを飼い馴らす
  4. 大学・メーカーを巻き込んだ専門家として素人であるメディアの意見を検閲する
  5. 地方自治体や住人にカネを手当てすることで原発を否定できない依存体質にする

 

原発プロパガンダ_スポンサードシフトの例

東京圏におけるテレビ番組へのスポンサードシフトの状況(2011年)
CMを出稿している番組(網掛け)が満遍なく組まれていることが分かる

 

すぐそばにある原発プロパガンダの実態

具体例の中で特に興味深かったのは、次の3点だった。原発プロパガンダについて頭では分かっていたものの、この3つを知ることで、問題の深刻さを自分の身により引き付けて感じられるようになった。

 

まず、原発先進県におけるプロパガンダは、県外に住む国民、特に原発のことなど考えずに電力を消費してきた都市住民の想像をはるかに超えていることが本書で赤裸々になっている。本書では、福島県の地元紙である「福島民友」と「福島民報」を中心に、その収入の多くを原発広告に依存している実態や、明らかに原発を賞揚する記事広告を頻繁に掲載していた点を実例を挙げて指摘している。たとえば、福島民報の記事(1981年10月30日)のキャッチコピーは「交付金、資産税がっぽり 過疎地が裕福に」となっており、カネと引き換えに原発に賛成することを隠そうともしていない。こうした驚くほどの依存体質を知るにつけ、外部の人間が原発立地県の実情を知らないままで原発の賛否を議論をしてきたことに気づかされる。

次に、“原発村”が掲げる政策方針として、“原発村”を代表する日本原子力文化振興財団の「原子力PA方策の考え方」(日本原子力文化振興財団原子力PA方策委員会報告書)が紹介されている。この報告書は、1991年に科学技術庁(当時)からの委託を受けて、同財団・科技庁メンバーに加えて読売新聞論説委員、学習院大学教授、電事連広報部長、三菱重工広報宣伝部次長、三和総研主任研究員が参加してまとめたものだ。この顔ぶれを見れば、本報告書が“原発村”の声をリアルに伝えるものだと一目でわかる。報告書には、次のような驚くべきことが書かれている(一部抜粋、下線太字を追加)。

短くともよいから頻度を多くして、繰り返し連続した広報を行う。政府が原子力を支持しているという姿勢を国民に見せることは大事だ。信頼感を国民に植え付けることの支えになる

事故時の広報は、当該事故についてだけでなく、その周辺に関する情報も流す。この時とばかり、必要性や安全性の情報を流す

ニュースはできるだけ“作る”ことを考えるのがよい。「食品を調べてみたら放射性物質の量は○○だった」といったように。

教科書(例えば中学の理科)に原子力のことがスペースは小さいが取り上げてある。この記述を注意深く読むと、原子力発電や放射線は危険であり、できることなら存在してもらいたくないといった感じが表れている。・・・中略・・・これではだめだ。厳しくチェックし、文部省の検定に反映させるべきである

必要性を訴える場合、主婦層に対しては現在の生活レベル維持の可否が切り口となろう。サラリーマン層には“1/3は原子力”、これを訴えるのが最適と思う。・・・中略・・・小さくともどこかに入れる。いやでも頭に残っていく。広告のポイントはそれだと思う。

原子力に好意的な文化人を常に抱えていて、何かの時にコメンテーターとしてマスコミに推薦出来るようにしておく。・・・中略・・・コメンテーターにふさわしい人の名をマスコミが自然に覚えるよう、日ごろから工夫する必要がある

広報担当官(者)は、マスコミ関係者との個人的なつながりを深める努力が必要ではないか。接触をして、いろんな情報をさりげなく注入することが大事だ。マスコミ関係者は原子力の情報に疎い。まじめで硬い情報をどんどん送りつけるとよい。

 

 

3.11後も平然と復活する原発プロパガンダ

こうした原発プロパガンダの実態を改めて見てくると、オーウェル的システムの闇の深さにうんざりしてくるのが正直なところだ。しかし、これは過去の問題ではなく、僕たちが引き続き警戒しなければならない現在進行形の現実だ。本書では、3.11後も平然と復活する原発プロパガンダの現状についても、最新の状況について触れられている。

最も重要なポイントは、福島原発の事故によって単純な「安全神話」ロジックが使えなくなったことを受けて、広告メッセージを巧妙に変えたプロパガンダを流すようになったことにある。著者は、その広告メッセージの変化を次のように端的に対比している。

【過去】原発は絶対安全な技術 + 原発はクリーンエネルギー + 原発は日本のエネルギーの1/3
【現在】化石燃料に頼ることで経済収支が悪化 + 原発は日本のベースロード電源 + 経済維持にはエネルギーベストミックスが必須

実際の事例でみてみよう。2016年2月の読売新聞には「資源なき経済大国 どうする?どうなる?日本のエネルギー」という全面記事広告が掲載された。この記事広告では、読売新聞の橋本五郎をコーディネーターに、評論家の勝間和代、元総務大臣の増田寛也、タレントの優木まおみが「これからのエネルギー」について語っているのだが、この議論では「原発が停止して電源構成の約9割を火力発電に頼る日本の課題」として、①エネルギー自給率の低下、②電源コストの上昇、③CO2排出量の増加の3つを挙げている。このアジェンダセッティングに沿って議論すれば、当然、先に挙げた「化石燃料に頼ることで経済収支が悪化 + 原発は日本のベースロード電源 + 経済維持にはエネルギーベストミックスが必須」という結論に落ち着くのは議論をする前から明らかであり、新たなメッセージを発信しようという電事連の意図を強く感じる。

もちろん、原発推進派の個々の意見が間違っているとは思わない。個々の意見が正しい/間違っている以前に、何を優先して何を捨てるのかについて合意がない限り、賛成・反対の意見は水掛け論にしかならない。こうした水掛け論を承知で、広告投資のパワーで有利に運ぼうというやり方を問題にすべきだ。著者は引き続き、こうしたプロパガンダのやり方を糾弾してくという。

 

読売新聞_原発スポンサード記事広告2016

読売新聞に掲載された電事連の広告(2016年2月28日 朝刊)
原発広告への登場回数が突出している勝間和代など、評論家やタレントが原発を支持

 

もちろん、こうした原発プロパガンダの背後には日米同盟(日米原子力協定)があり、プロパガンダ云々の以前にそもそも原発を廃止できない構造にあることが最も本質的な問題ではある。本書ではこの点について触れられていないが、沖縄の基地に原発が大量に持ち込まれていながら、一方で非核三原則を守っていると平然と言える欺瞞の構造が変わらない限り、「原発ありきで動いた方が得」という人は必ず現れる。ただ、少なくとも本書は原発プロパガンダが国民を巧妙にコントロールしようとしている実態を明らかにすることで、こうしたプロパガンダの刷り込みから逃れて原発を議論する土台作りに大きな貢献をしていると思う。



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