詩のこころを読む

詩のこころを読む (岩波ジュニア新書)

自由に発想する喜び

詩をじっくりと楽しんだ経験があるだろうか。

国語の授業で、文法や答えのある読解のトレーニングに終始してきた経験から、

どうも分かりやすい意味の見えない詩は苦手、という声もよく聞く。

僕自身も、小学校のときに授業で書いた詩の点数が悪く、それ以来詩はトラウマだったし、

大学受験を迎えるころには、ロジカルに筋道を追いかけることこそ国語力だと信じていた。

本書は、そんな僕に肩肘張らずに詩を楽しむコツを教えてくれた稀有な詩の解説書だ。

著者の茨木のり子は、敗戦後の日本人の感情を見事に表現した詩で有名な詩人で、

本書ではそんな彼女が大切にしている詩を紹介しながら、

詩の面白さとはどこにあるのか、自由に発想する喜びとは何か、丁寧に手ほどいてくれる。

それぞれに詩につけられた解説は、それ自体、詩的で美しく、詩が苦手な方も

だんだんと詩にひきこまれていく魅力がある。

 

じたばた生きることの肯定

本書で紹介される詩は、「誕生」から「別れ」まで、人間の一生をテーマに並べられている。

面白いのは、これらの中には、表現がつたなく、決して伝わりやすいとは思えないものや、

書いている人のトゲトゲしさが感じられ、内容の反社会性に驚かされるものなど、

いわゆるキレイな詩とは言えないものがたくさん紹介されている。

それでも、読者のこころに何かひっかかるものが残るのは、そこに「生きるじたばた」があるからだ。

私が毎日じたばた暮らしているせいか、生きるというのは、
なんてこう、じたばたしなくちゃならないのかと思います。
喜怒哀楽のさざなみ、大波にゆすぶられて、ひとびともまた、そのようです。

結局、誰もが不器用ながらも必死に生きている。そんな気持ちを詩にぶつけ、

その荒々しさが伝わってくる詩ほど、一見きれいな詩より、実は心に残るものだ。

ありのままに生きていることを肯定しようとする足掻きを、隠さずに自由に表現して

いいんだということが、詩が教えてくれた最大の気づきではないかと思う。

 

芸術としての詩の意味

そうした詩に接していると、読んでいる側にも創作意欲が自然と湧いてくる。

その創作意欲が詩に向くかは別として、自分も何か新しいものを作ってみたいという

ポジティブな感情が刺激される。そんなパワーがある気がしている。

そのパワーの意味を忘れないよう、真っ白な心で詩と向き合いたい。

さまざまなお経には何が書いてあるのかよくわかりませんが、
お経の数も目がまわるほどたくさんあるらしいのですが、中身をぎりぎり凝縮すると「くらし」という
詩に近づき、罪ふかき者どもよ、その罪を悟って生きよ、ということではないのかしら。

それが石垣りんほど、うまくズバリと言えなかったので、かくもたくさんのお経で、手をかえ品をかえ、
言っても言っても言いたりずではないのかしら。とおもったらお釈迦さまは怒るのかしら。

法事のお経の長々しさに閉口し、しびれきらしながら思ったことです。



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