柔らかな頬

柔らかな頬〈上〉 (文春文庫) 柔らかな頬〈下〉 (文春文庫)

怖いもの見たさ

直木賞を受賞した桐野夏生の代表作。彼女の作品には、他にも『OUT』や『グロテスク』など傑作と称される作品が数多く存在するが、この小説『柔らかな頬』もまた、桐野流の描写で人間を描ききった力作である。

彼女の小説は、どこまでも冷徹なトーンと、物語の行く末の救いようのなさに、読んでいて耐えがたい苦しさを感じることがある。それでも、読者はその先を見てみたいと「怖いもの見たさ」でひき込まれていく。

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あっけなく崩れ落ちる人生

高校を卒業して北海道から出てきた「カスミ」は、東京で勤め先の社長「森脇」と結婚し、子どもも授かった。しかし、カスミは妻子持ちの「石山」と不倫関係になり、家族を棄てる覚悟で愛するようになっていく。そんな2人は、誰にも知られずに会うために北海道に別荘を買おうと、お互いの家族を連れた旅行と称して夏休みに下見に訪れるのだが、そこでカスミの長女が神隠しにあったように忽然と姿を消してしまう。

その後、不倫が発覚し、娘がいなくなったことで、「森脇」や「石山」との関係も崩壊した「カスミ」は、周りの関係者(家族も含めて)が次第に事件のことを忘れていくのに反比例するように、独りで、いなくなった娘に対する罪悪感に苛まれながら生きていくことになる。不倫といえど、ついさっきまでは何不自由なく幸せに生きていたと思っていたものが、転げ落ちるように土台から脆くも崩れ去る様子は、読んでいて恐ろしさを感じるほどだ。

娘を亡くしたカスミは妄想に耽り、宗教に溺れ、そして事件から4年後、ひとりで北海道に戻ることになる。北海道では、末期がんに冒された元刑事の内海と出会い、彼とともに娘の手がかりを探していくのだが、カスミの故郷に辿り着いた2人が見た真実とは一体。

 

“救い”のない物語

桐野夏生の物語には、読者が期待するような“救い”は一切存在しない。カスミが4年もの間、罪の意識を背負い、徐々に乱暴な感情が剥き出しになっていく様は壮絶で、例えば、自分にそっくりな長女ではなく、夫にそっくりな次女がいなくなっていたら、こんなに必死に探してはいないかもしれないと本音を吐露するシーンは、人間の隠れた心理を炙り出している。また、不倫発覚をきっかけに社会から脱落した石山が、風俗嬢のヒモになりながらしぶとく生きていくようすも、間違いなく僕たち人間の生き様のひとつだと思う。

だから、覚悟して読まないと読んでいる方の気が滅入るくらい重く、暗い。しかし、そんな風に浅はかな同情や簡単に手に入る救いを設けないことで、身勝手で、自分本位な自分というものに読者を向かい合わせることができたのだと思う。あなたなら、カスミの必死のあがきの中に、何を見るだろうか。



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