大暴落1929

大暴落1929 (日経BPクラシックス) The Great Crash 1929

読んで安心する人がまたバブルを作る

1929年の10月、ウォールストリートでは史上最悪の株価暴落(Great Crash)が起こった。その後、10年にも亘って続く大恐慌(The Great Depression)の引き金になったこの悪夢は、バブル現象を象徴する出来事として、様々な分析がなされてきた。そんな分析の中でも、その後のバブルのたびに読み返されているのが本書『大暴落1929』だ。日本でも、村井章子の名訳が出版されたこともあり、2008年のリーマンショック後に読み直され、80年も前の分析の正確さに驚き、そしてバブルに対して様々な反省がされたものだ。

もちろん、本書を読んだところでバブルを防ぐことなどできないだろう。むしろ、バブル崩壊のワケを理解した気になって安心しているだけのような気もする。ガルブレイスが見た大暴落も、そんな物知り顔の人々が生んだものであったのが皮肉だ。本書は、そのことを心に留めて読まれるべき1冊である。

 

悪い株が良い株を駆逐する

ハーバード大学教授のガルブレイスは、政府要人や学者、業界人の発言、マスメディアの報道を丁寧に記録し、当時の経済・社会状況を克明に描いている。大学教授が書く論文というより、ジャーナリストが書いたドキュメンタリーに近い。リーマンショックを経験した僕たちには、バブル崩壊と実体経済に影響していく構造自体を理解するのは難しくない。著者は、「グレシャムの法則」に喩えて、この構造を分かりやすく説明しているので、ここでは彼の説明を紹介しておけば十分だろう。

万一「株ですった」という噂が立とうものなら、待ちかまえていた債権者の群れが襲いかかってくる。追い証請求を受けて窮地に陥った投資家は、災難の中から少しでも財産を救うべく、株の一部を売って残りは何とか手放すまいとした。ところがいざ売ろうとすると、投信株にはまともな値段が付かず、そもそもまず売れないことを思い知らされる。となれば、優良銘柄を売るしかない。こうして、USスチール、GM、ATTといった堅実な銘柄が途方もなく大量に投売りされていった。

 

バブルが深刻化した5つの理由

バブルそのものは必ずどこかで崩壊を避けられないものだが、ガルブレイスは1929年の大暴落が“深刻化”したのには5つの理由があったと指摘している。

  • 所得分配
  • 企業構造
  • 銀行システム
  • 対外収支
  • 専門家の経済知識

 

所得分配

1929年当時、アメリカでは人口の5%が所得総額の1/3を占めていたと著者は指摘する。2008年のリーマンショックの際も、人口1%が所得の21%を占めていたことが分かっている。貯蓄や投資が大きな割合を占める富裕層が経済の大きな割合を占めるようになると、彼らが株ですった時の影響は、社会全体に影響を与えることになる。当時、投資に参加していた人は、実際には人口のほんの一部だったにも関わらず、アメリカは、その後10年に亘って実体経済にもダメージを受けることになった。

 

企業構造

資金調達が容易になる中で、企業は持株会社に移行し、投資を積極化させていった。バイアウトファンドよろしく、事業会社のキャッシュフローをあてに調達を行い、どんどんと企業帝国を大きくしていったものの、実態が追いつかなくなってしまえば、社債の不履行を避けるために設備投資を取りやめ、それがデフレを引き起こし、さらにキャッシュフローが毀損していくという悪循環を引き起こすことになった。

 

銀行システム

バブル期には、投資家に資金を供給するため、FRBが銀行に5%の金利で貸し付け、銀行が投資家に7~15%の金利でコール・ローンを融資していた。銀行は投資家に追い証を要求していたので、つまり銀行はFRBからどんどん借りて投資家にどんどん貸せば収入をいくらでも増やせる構造になっていたわけだ。

もちろん、銀行の行動だけ見ると合理的だったかもしれない。しかし、信用取引というカンフル剤を打ち、専門家プレミアムとレバレッジで急拡大した投資信託という魔法で膨らんだ市場が逆回転しだした時のことは頭になかった。

 

対外収支

バブルが崩壊すると、諸外国への融資も止まる。すると、これによって国際収支を均衡させていた国は輸入を止めるしかない。その結果、アメリカの輸出産業はいつのまにか実態ベースで悪影響を受けることになる。1929年当時で、小麦、綿花、タバコ産業が大打撃を受けたというが、国家間の相互依存関係が比べ物にならないほど複雑化した現在において同じことが起きたらどうなるか、想像に難くないだろう。

 

専門家の経済知識

著者は、景気回復と言えば財政均衡という硬直した対応が、バブル崩壊後の景気回復策の手足を縛り、十分な対応ができなかったと指摘する。この点については、「景気回復、この道しかない」と戦略自由度がないことを自慢することの可笑しさに気づかない今のアベノミクスと重なるところもある。

 

バブルに踊らされる滑稽さ

これら5つの要因に対しては、これまでに様々なリスク低減の研究がなされ、2008年の度重なる失敗を踏まえて、さらに同じ轍を踏まない仕組みが作られてきた。しかし、このドキュメンタリーから学ぶべきバブル深刻化の真因は、仕組み上の陥穽よりも、バブルを操っていると信じ、実は踊らされている関係者たちの滑稽さにある。

もちろん、当時の彼らが必ずしも今より愚かだったというわけではない。それでも、人間というのは笑ってしまうほど滑稽になるというのは重い事実だ。バブルが崩壊しだしても、関係者が「状況は基本的に健全である」と言い続けた「時代の空気」こそ、金利や信用供給よりもはるかに重要な役割を果たしたのだ。

風船を破裂させるのは簡単だが、針を刺して徐々に空気を抜くのはむずかしい。一九二九年初めにうすうす事態を感じ取っていた人たちは、ブームを鎮静化できたらいいと願ってはいたが、それをうまくやる自身はなかった。現実的な選択肢としては、ただちに何らかの措置を講じて人工的にバブルを崩壊させるか、あとでもっと重大な事態になるまで放置するか、どちらかしかない。いずれにせよ崩壊すれば誰かが非難されるのは避けられないが、人工的にやった場合には、責任者は誰かがあからさまになる



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