すべてがFになる THE PERFECT INSIDER

すべてがFになる (講談社文庫)

謎を「解く」のではなく「浮き彫り」にする

いわずと知れた理系ミステリの代表作。敢えてここで紹介するか悩んだが、いわゆるミステリやエンタメとしての紹介文や書評が多い中、この物語には、実は違った面白さも隠されているのではないかと感じた点について紹介したい。

それは、科学の世界を描くことで、そこからはみ出る人間のリアリティが浮き彫りになるということだ。表層に現れる現象としての殺人事件は後から説明可能であるものの(「この世に不思議なことなどひとつもないのだよ、関口君」(京極夏彦))、それを解釈する人間の動機は、どこまでいっても説明不能というリアリティ。

それはある意味、読み終わったときに読者にしこりを残してしまうことにもなる。しかし、その危険を冒してでも謎の余地を残したところに、本当の魅力がある気がする。物語を読み終え、巻末の瀬名秀明の解説を読んだとき、この魅力をすっきりと氷解できた。

森の作品では、極めて興味深いことに、認識やリアリティを問われるのは作中の名探偵ではなく私達読者のほうなのだ。つまり読者がそれまで抱いてきたリアリティという名の幻想こそが、物語のなぞを生み出す基盤になっているのである。

 

天才真賀田博士を巡る物語

物語の舞台は、妃真加島という世間から完全に孤立した島にある研究所だ。ここでは、真賀田四季博士が中心となって先端的なコンピュータ技術を開発しているのだが、当の博士は、14歳のとき両親を殺害した罪に問われ、所内の隔離された場所で生活していた。

N大学工学部助教授の犀川創平は、教え子の西之園萌絵と研究所を訪ねていたのだが、連絡が1週間も絶えた博士の様子を見に行くと、部屋で両手足を切断された死体を発見する。完全に隔離された密室での殺人。そして、部屋に残されたコンピュータのディスプレイには、「すべてがFになる」と意味不明な言葉が残されていた・・・。

 

予めプログラムされていた誤作動

当然、犀川・西之園コンビは、密室殺人の謎を解く鍵を求め、アリバイの穴を捜すのだが、様々な科学的推論も、最後の一歩で完璧な密室の壁に立ち塞がれてしまう。それにしても一体、博士はなぜ殺されなければならなかったのか。犀川は、天才科学者真賀田四季の思いに耳を傾け、そこから意外な真実に気づいていく。

キーワードはコンピュータウィルスの一種である「トロイの木馬」だ。「トロイの木馬」は、ウィルスとしての性質から、予めプログラムされていた誤作動を意味する。犯人にとっての「トロイの木馬」とは何か。これが事件を解く鍵になっている。ぼたんの掛け違いが生むこの事件の結末は、読者にとってトリックの解決という爽快感とともに、どこまでも解決できない心の問題を残すものになっている。

「先生・・・、現実って何でしょう?」萌絵は小さな顔を少し傾けて言った。「現実とは何か、と考える瞬間にだけ、人間の思考に現れる幻想だ」犀川はすぐ答えた。「普段はそんなものは存在しない」



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