バカが多いのには理由がある

バカが多いのには理由がある

人間とサルには大差ないことを弁える

著者の橘玲は、のっけから「私たちはみんなバカである」と読者を煽る。

昼間っからテレビを見ている視聴者って、どういうひとかわかりますか?まともな人間は仕事をしているからテレビの前になんかいません。暇な主婦とか、やることのない老人とか、失業者とか、要するに真っ当じゃないひとたちが僕らのお客さんなんです。彼らをひとことでいうと、バカです。僕らはバカを喜ばせるためにくだらない番組を毎日つくっているんですよ。

僕たちはそもそもバカであることを運命づけられていて、バカが治るなんてことはない。こんな挑発的なテーマをつきつける本書は、一見キワモノのように思えるかもしれないが、読み進めていくと、僕たちが弁えるべきことをニクいほどに浮き彫りになっていく。あなたにも是非、誰もが薄々感じながら口にしたがらない、この“不都合な真実”と向き合ってほしい。

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バカ=ファスト思考しかできない人

本書でいう「バカ」とは、ファスト思考しかできない人のことを指す。ファスト思考とは、物事を直感(=分かりやすい因果論)で判断する思考傾向のことだ。ファスト思考に特徴的な思考回路には、大きく2種類あると著者は指摘する。

①遅い思考が必要な問題を無視する/「そんなことは私の人生になんの関係もない!」
あらゆる問題を「速い思考=直感」で解こうとする/「あいつがしたことならそうに違いない!」

こんな風に言うと、よほどのバカな人のように思えるかもしれないが、著者は、僕たちが例外なく、このファスト思考のワナに嵌っていることを示していく。

 

「正義」を相対化する

最も象徴的なのは、疑うことなき「正義」だと思われている自由・平等・友愛でさえも、チンパンジーですら持っているファスト思考の一種でしかないという事実だ。

<自由=所有権の主張>下位のチンパンジーがもらった餌は、ボスでも勝手に奪ったりしない
<平等=差別への抗議>キュウリで喜んだチンパンジーも、隣のチンパンジーがリンゴをもらうと怒る
<友愛=組織の掟>2匹のチンパンジーがリンゴを奪い合うと、そのうち弱いほうは手を出さなくなる

僕たちが「正義」を守ろうとするのは、単に進化の過程で得たものに従っているだけではないか。著者は、近代思想を形成する「自由主義」、「平等主義」、「共同体主義」をこのように位置づけ、僕たちの思想的争いを徹底的に相対化して批判する。

いったん“それ”がもたらされると、真実を証明する証拠が次々と発見され、最初の疑いはたちまち確信へと変わります。

 

日本にひそむバカだらけの構造

このように「正義」を相対化して考えると、実は僕らの身の回りで起きている社会現象も違って見えてくる。本編では、このエピローグを土台に、政治、経済、社会、心理を広範囲に評論していく。憲法改正を巡る議論の拙さ、歴史問題がそもそも解決できないワケ、パワハラはみんなの総意など、そこに起きている問題構造は、自分たちが“正義の側”に立とうとしているだけだということを次々に白日のもとに晒していくことで、著者は読者に“直感”への自覚を求める。

刺激的な見出しをいくつか紹介しておこう。ピンとくるものがある方は、是非実際に手にとって確かめてほしい。

 

著者は、最後にこう締め括っている。

もっとも、世界がなぜこうなっているのかを理解できたとしても、目の前の問題を解決する役には立ちません。それは私たちが、いまも進化の僕であるからです。「私たちはみんなバカである」という不愉快な現実を受け入れることが、ゆっくり考える第一歩になるのです。



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