テレビの21世紀

テレビの21世紀 (岩波新書)

日本のテレビは生き残れるか

日本のテレビを巡っては、ニッポン放送・ライブドアやTBS・楽天などの買収話を発端に、これまで表沙汰になってこなかった問題が、ようやく表面化している感がある。これら顕在化した問題に対して、エスタブリッシュメントとしてのテレビ局側は、あくまで資本の隙であり、買収防衛さえすれば穴を塞げるかのように装っているが、より中長期で考えたときに、テレビの視聴率が確実にダウントレンドの中、合従連衡や国内での新規参入、あるいは外資の参入など、視聴者の期待に応えるために変革を迫られるのは時間の問題だということは明白だ。

本書は、そうした危機感に対応するように、近年のテレビ業界における新たな動きに着目し、これからの日本のテレビ業界が向かっていく方向性について議論した1冊だ。

目次
激動する世界とテレビ
第1部 転機(デジタル時代の到来、ビジネスとしてのテレビほか)
第2部 混迷(混乱する日本の放送業界と経営、多メディア・多チャンネルのジャングル)
第3部 針路(テレビ・ジャーナリズムの方向、誰が番組をつくるのか ほか)
視聴者が主役の時代へ

 

日本以外はすでに変わっている

グローバルな観点から、日本のテレビ業界はどう見えるか。著者は、メディアの役割の変化、テクノロジーの変化、コンテンツの価値の変化の3つの観点から、グローバルで起きている変化を観察し、日本のテレビと比較していく。既に起きている当たり前のことだと思う方にも、テレビの視点から改めて事態を整理することで、見えてくることがあるだろう。

メディアの役割の変化

これまでテレビは、アメリカのABCやイギリスのBBCなどがニュースネットワークの代表格として、広くグローバルにいわゆる“ジャーナリズム”としての情報を行き渡らせてきた。しかし、近年ではアルジャジーラに代表されるように、宗教的・政治的立場を明確に持ち、ナショナルな価値を発信するメディアがプレゼンスを得るようになってきたのは大きな変化だ。

テクノロジーの変化

また、インターネットが登場したことで、ユーザー全員が情報の発信者として機能し出し、4マスと同列、あるいはともするとそれを超えるメディアとしての地位を確立している。ジャーナリズムという大義名分だけでなく、視聴者とどう向き合っていくべきか。テレビにも、これまでと違った情報の発信の仕方が求められることになる。

コンテンツの価値の変化

メディアが多様化する中で、メディアの希少性が薄れ、コンテンツの価値が高まっている。例えば、ソニーによるコロンビア・レコードの買収、AOLとタイムワーナーの合併なども、ハード(メディア)の側が価値の高まるコンテンツ(ソフト)を飲み込むためのM&Aと捉えられるし、FOXやディズニーが自社のコンテンツを引っ提げてメディアへと拡大し、相当なプレゼンスを確立しているのも、視聴者の期待がよりコンテンツに寄ってきた証左だ。メディアの希少性に守られてきた日本のテレビは、コンテンツ力をどう引き上げるのか。

 

日本のテレビは危ない

しかし、日本のテレビ改革は遅々として進んでおらず、今後もなかなか進みそうにない。未だに既得権益をプロテクトすることに汲々しており、本当にデジタル化してCMの効果が費用に対して厳密に見合っているか検証されるようになったらたまらないと思っているくらいかもしれない。情報に対してシビアに評価される課金型のビジネスモデル(CATV等)や、アメリカCNNのような24時間、様々なニュースソースを扱う専門チャンネルは日本では生まれない。CATVは政府の規制によってMSO(出資する大企業)が極端に制限されていたり、郵政省・通産省・建設省など、既得権益を守る省庁からも常にネガティブな力が働く

著者は、アメリカの革新的な規制緩和法「一九九六年通信法」を取り上げ、市場経済を取り入れながら、民主主義的競争原理、多様性、地域性の三大原則を守ろうという理念型のやり方を見習うべき例として取り上げている。



この本についてひとこと