ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座

ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座 (徳間文庫)

第三者としての一神教論

日本で生活していて、生きた宗教に触れる機会は通常あまりない。中・高の歴史の授業では暗記するだけだし、大学のレポートもググって終わらせることができる。しかし、現実には、現代においてもユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの宗教が、独自の世界観の中で政治・経済・社会を動かしていると言われる。では、彼らは今、具体的にどのように宗教を実践し、またなぜ互いに対立しているのだろうか。

著者の井沢元彦は、『逆説の日本史』で有名な歴史ジャーナリストである。彼は、教科書的な言葉の羅列でなく、歴史的イベントが起きた当時の背景や、それが現代に残した足跡を追いかけてリアルな歴史を描いていく。本書では、各宗教の代弁者にインタビューを行い、彼らに教義の矛盾を指摘したり、教義の現代的意味を問う手法で、日本人の疑問に宗教者の生の声で応えることに成功している。また、日本人という宗教的に第三者だからこそ、敢えてタブーにも踏み込み、宗教間の共約可能性についてもヒントを提出している。

 

3宗教の成立史を知る

インタビューに先立つ第一章では、3宗教の成り立ちをコンパクトにまとめている。

エジプトでの奴隷生活など、民族的苦難の中で生まれたユダヤ人とエホバとの契約であるユダヤ教。そのユダヤ教の国家エルサレムから生まれたキリストとの新しい契約、キリスト教。この“旧約”と“新約”というところに、両者の決定的な断絶が横たわっている。ユダヤ教からすれば、イエスは人間であり、神だと認めることは出来ない。

次いで、両者に600年遅れてきたイスラム教。ムハンマドは、旧約聖書を引用して、天地創造の神話に理解を示しており、その意味で、ユダヤ教のエホバ、イスラム教のアッラーは、唯一神という点で同根である。

このように3宗教は、民族的起源や奉ずる神に共通する部分を持つ“兄弟”でありながら、ユダヤ教に対して新たな神の声を聴いたとするキリスト教・イスラム教、絶対的一神教のユダヤ教とイスラム教に対して神キリストの復活を奉ずるキリスト教といったように、その宗教的事実においてどうしても相容れない基本構造になっているのが特徴だ。

以上の枠組みを踏まえ、井沢は3宗教の代弁者に宗教観の違いに対する認識を問うていく。以下に要旨を簡単に紹介するが、あなたならどのような問題意識を感じるだろうか。

キリスト教:会員数200万人、米共和党最大の利益団体とも言われるクリスチャン・コアリションの創設者パット・ロバートソン

ユダヤ教:日本ユダヤ教団のラビ、マーヴィン・トケイヤー

イスラム教:イスラミックセンター・ジャパン設立者でスーダン共和国駐日特命全権大使ムサ・モハメッド・オマール・サイート

 

キリスト教の言い分より

ロバートソンの基本スタンスは、ユダヤ人とクリスチャンは本来、同じ「アブラハムの子孫」であり、互いに「兄弟」だということ。「イエスはやがて、彼らユダヤ人のためにも再臨(再来)する」というキリスト教寄りのロジックではあるものの、このあたりに妥協点を見出している。

一方で、彼はイスラム教が殺戮・排他の教義を掲げていることに対し、違和を隠さない。

イスラム自体は間違った教えですが、その人々を愛することは、キリストの教えです。また、それはできると信じます。

その中でこの言葉に、かろうじて両者の妥協のよすががあるように感じた。ただし、本書の最後に掲載された、アメリカ在住の井沢の友人が書いた手紙の中で紹介されているキリスト教信仰の実情を読む限り、ロバートソンの言うような宗教的寛容が実現するまでに大きなギャップがあるように感じた。

 

ユダヤ教の言い分より

トケイヤーは宗教対立の問題を、キリスト教とイスラム教が彼らの“オリジナル”であるユダヤ教を否定せざるを得ないという構造に見ている。彼は、この事情を汲んだ上で、それでもユダヤとして生きていく方策を考えている印象を受ける。

ユダヤ教は、「ユダヤ教」というよりは、むしろ「ユダヤ道」なのです。それは生き方、行動、思考、人生の道です。

だからこそ、キリスト教がユダヤのイスラエル帰還を支援するのは、あくまでキリスト教の教えに則ったものと理解しながらも、「たとえそうでも、私たちが生き抜くことが大切」と答えている。ただし、イスラム教に対しては、ロバートソンと同様にその扇動的な手口を強く批判している。

 

イスラム教の言い分より

サイートは、イスラム教に関連する紛争問題には、政治的・経済的背景があることを強く強調する。近年明らかになりつつあるアフガニスタン戦争におけるホワイトハウスの政治判断を鑑みても、彼の指摘も確かにひとつの事実だ。

よく見ると、その当時の権力者の欲望が、宗教より上なんです。だから戦争を起こしている。対立することはないでしょう。こちらと同じように信ずるならば、その人は、もうイスラムに改宗しちゃったんです。だから、別に同じように考えなさいとか強制するのはいけないことです。

彼が度々強調する「宗教対立で戦争が起こるはずがない」という点については、過去の宗教戦争に関する井沢の指摘に対する答えが曖昧な感じを拭えなかったが、サイートのような柔軟な態度には宗教対立を回避する可能性も感じた。



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