戦後史の正体

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)

“誰も教えない”戦後日本の舞台裏

2015年9月19日、安倍晋三政権は強行採決を行い、安全保障関連法が成立した。この法に対しては、議論を尽くせたのか、憲法解釈の範囲なのか、判断基準が曖昧ではないか、といった様々な論議が巻き起こったのは記憶に新しい。しかし、こうした様々な論議があれだけ盛り上がっても、審議自体は全く止まる気配がなかった。

なぜそこまで強行して採決したのか。それは、この安全保障関連法を日本国民の意思とは関係なく成立させるメカニズムが働いていたからだ。ひとことで言えば、戦後70年続く「対米追従」メカニズムである。実は、このメカニズムを理解すると、安全保障関連法のみならず、原発再稼働、普天間基地移設など様々なイシューを巡る日本の政治の構造が見えてくる。

本書『戦後史の正体』は、表舞台から見えないこのメカニズムを、外交文書や政治家・官僚の発言をもとに徹底的に明らかにしている。著者は外務省で国際情報局長などを務めた孫崎享。彼に対しては「トンデモ陰謀史観」的な批判があり、個々の論点については確かにアメリカの謀略論に頼りすぎている部分はある。しかし、アメリカの意向が日本の国益を左右している根本的な構図が存在することは間違いない。

戦後の日本外交を動かしてきた最大の原動力は、米国から加えられる圧力と、それに対する「自主」路線と「追随」路線のせめぎ合い、相克だったということです。

 

目次
第一章 「終戦」から占領へ
第二章 冷戦の始まり
第三章 講和条約と日米安保条約
第四章 保守合同と安保改定
第五章 自民党と経済成長の時代
第六章 冷戦終結と米国の変容
第七章 9・11とイラク戦争後の世界

 

日本が「戦後」を終えられない理由

物語は日本が降伏文書に調印した1945年9月2日からはじまる。終戦以降と言えば、日本史の授業では軍国主義から脱した日本が、民主政治・市場経済の中で高度成長を続けていく姿を駆け足で教わるくらいだ。しかし、戦争が終われば突如平時に戻るなどということはない。戦争に負け、連合軍の支配下に置かれた現実の日本で、何が起きていたのか。

本書では、被支配国(ブレジンスキーの言う「セキュリティ・プロテクトレイト(保護国)」)である日本が、徹底的に抵抗力を奪われるのみならず、支配国であるアメリカ(GHQ)と自ら歩調を合わせていくようすが生々しく描かれている。昭和天皇のGHQに対する積極的協力、吉田茂による自主独立路線人物の徹底排斥(Y項パージ)、CIAや東京地検特捜部による介入・・・。

もちろん、こうした実態は被支配国として“あたりまえ”であり、それ自体は仕方のないことである。では、いったい何が問題だったのか。それは、ひとつひとつの政治的判断は、日本国民を敗戦という厳しい現実にソフトランディングさせ、スムーズに国として再生するための「一時的に正しい」選択(「敢えて」)だったはずが、そうした選択が積み重なるうちに「常時」(「ネタのベタ化」(宮台真司))になってしまったことにある。

 

埋め込まれた「対米追従」メカニズム

アメリカの路線に乗るとはどういうことか。アメリカもボランティアでやっている訳ではない。有り体に言えば、アメリカが目指す利益を最大化するゲームに参加し、そのために日本は駒として最適化されるということである。言い方が露骨なだけで、アメリカの行動としては至極あたりまえである。反対に言えば、日本としてはゲームに参加することが有利なら乗る、不利なら乗らないという戦略的自由度が大切になる。これもあたりまえ。

しかし、「敢えて」の選択はこの戦略的自由度を奪うところまで行ってしまった。その最たるものが、日米同盟の条約である。詳しくは、本書と同じシリーズの『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』に詳しいが、要は、本来はサンフランシスコ講和条約あっての、日米安保条約あっての、日米行政協定(のちの地位協定)という順序であるはずが、全く逆転しているのである。

戦後まもなくは、大西洋憲章(1941年)や国際連合(1945年)が目指す新たな世界秩序を主導することがアメリカのゲームであった。この頃は、アメリカの民主主義的・市場主義的路線に乗ることが、日本にとって矛盾なくハッピーだった。しかし、その後の東西冷戦において、日本という駒を反共の防波堤にしようとしたとき、日米の利益相反が生じた。

この利益相反の状況において、吉田茂をはじめとする当時の政治家は、アメリカとの衝突を避け、戦略的自由度を犠牲にして同盟関係の安定を選択した。この比較衡量の正否は分からない。しかし問題は、この政治的判断に議論が及ぶことを避け、日米行政協定、更には協定にすら書けないものは日米合同委員会での密約に隠したことである。こうしてアメリカとの約束が日本国憲法に優位する構造になってしまえば、アメリカは言うまでもなく、日本の行政官僚にとっても、この枠組みの内部で行動することが合理的になる。

 

「対米追従」メカニズムに今も束縛されている日本

本書は、公開された米公文書やウィキリークスが暴露した文書をもとに、この「対米追従」メカニズムが、戦後から今までずっとこの国を束縛している実態を明らかにしていく。日米の貿易・為替政策、テロとの戦いへの日本の関与、沖縄の米軍基地の扱いなど、日米の利益相反が生じる場面において、不思議なくらい「自主独立」路線が消え、いつのまにか「対米追従」にすり替わる舞台裏が生々しく描かれている。

冒頭で言及した安全保障関連法についても、このメカニズムが働いていることを改めて裏付けるものだったに過ぎない。日本国民に対して、安倍首相自らが謎の紙芝居で、中国を念頭に周辺での有事において日本人を助けることの重要性を訴えたが、物事がそんなに単純でないことは、このメカニズムを理解していれば明らかである。なぜ適用範囲を日本周辺に限定しない「重要影響事態法」が含まれているのか。これについては、アメリカが国防予算を削減する上で日本のリソースを組み込むための既定路線であったことは、既に米軍自信が専門誌「スター・アンド・ストライプス」に書いている。

原子力発電所の再稼働問題や、普天間基地の移設問題など、昨今の政治問題についても、このメカニズムが日本が向かう方向の大枠を規定している。こうした国家間の交渉構造から改めて政治をチェックすると、マスメディアが報じない政治のリアルが見えてくる。

 

「対米追従」メカニズムから抜け出せない本当の理由

では、日本という国はこのメカニズムから抜け出すことはできないのだろうか。確かに、この構図の中で穏便に済ませてきたツケは大きい。しかし、アメリカの一極体制に素朴に頼れなくなった今、日米の利益が相反する事象が更に増えてくることは間違いない。戦後70年の今年、日本のあり方を見直す議論が喧しくなったのも、こうした状況を反映した必然と言える。

とはいえ、これまでアメリカに依存してきたこの国が、様々なステークホルダーの既得権益がある中で、今さらこのメカニズムから脱することは現実的なのだろうか。本書は、その処方箋について明示的には論じていないものの、決死の覚悟で和平交渉に臨んだ重光葵をはじめ、戦後の政治家・外交官らが示した交渉姿勢や、現実に「対米追従」から脱却したピアソン首相以降のカナダの外交戦略をヒントとして示している。

ポイントは、結局ゲームをいかに有利に運ぶかという徹底した交渉戦略にあると思う。こんなこと改めて言うまでもないと思われるかもしれない。しかし、この国は本当にこれまでの前提を疑って交渉戦略を構築できているだろうか。本書の一番のメッセージは、「対米追従」を止められないのは、実は僕たちの常識でしかないのではないかという問いかけにある。

現在の日本では、米軍完全撤退や有事駐留論はおろか、普天間基地ひとつ海外へ移転させるというだけで、「とんでもない」暴論とみなされてしまいます。しかし過去のこうした実例を見ると、それが非常にかたよった議論であることがわかります。米国内でも、そうした日本側のさまざまな要望を真剣に検討する姿勢は、過去に存在していたのです。そうしたまともな議論を「とんでもない」といってつぶしつづけているのは、本当はだれなのでしょうか。

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