世界の経営学者はいま何を考えているのか

世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア

経営学は居酒屋トークと何が違うのか

科学的に正しい経営を導き出すことはできるのだろうか。経営者、経営企画担当、投資家、経営コンサルタントなど、経営に関わる人なら一度はふと考えたことがある疑問だろう。

経営コンサルタントのはしくれとして、コンサルティングにおいては必ず物事を順序立てたステップで、様々なフレームワークを使って、ファクトベースで、再現性のある戦略検討を行っている。しかし、結論を導き出す上では必ずどこかで思考のジャンプがある。「なぜそれを選んだのか」に対して100%客観的な答えはなく、最後は「総合的に判断した」としか言えないのである。むしろどこかにジャンプがないと既存の枠組みを乗り越える戦略にならないのではないか、とすら思っている。

そうしたアートな経営を果敢にも科学しようと挑むのが経営学である。経営学というとMBAのケーススタディやドラッカー的な経験論を思い浮かべがちだが、最先端の経営学は「どうすれば競合と差別化できるのか?」、「どうすれば強い組織をつくれるのか?」、「どうすればイノベーションを起こせるのか?」といった一見答えのないテーマについて、科学の立場から答えを出そうとしている。果たしてそんなことができるのか。本書はそうした経営学の最先端を分かりやすく紹介した“目からウロコ”の1冊だ。

 

 

経営学は経営の世界をどう捉えるのか

経営学を学問として理解する上で、その基礎となっている経済学、認知心理学、社会学の3つのディシプリンは非常に重要である。要は、経営を科学的に捉える上で3つのアプローチがあるということだ。僕個人としては、この3つのアプローチの違いが明確に整理できただけでも、経営を見る眼を養う上で非常に価値があった。ここでは、3つのディシプリンの概要と、本書で紹介されている各ディシプリンにおける最先端の研究における成果と課題を少しだけ紹介するにとどめる。

1.  経済学ディシプリン

人間は本質的に合理的な選択をすることを前提に、各企業にとってあるべき資源配分を読み解く。単純に言えば、基本的に完全競争の世界で利益を創出するには、完全競争のまだ緩いポジショニングを探すことがすべてだということ。ポーターが構築したSCP Paradigm(Structure、Conduct、Performance)で言えば、まず第一に有利な産業を探すこと、第二にその産業の中でもっとも競争圧力の弱い状態を探すこと(それこそがFive Forces)。つまりは、「競争しない戦略(守りの戦略)」である。

このディシプリンにおける最先端の研究領域として、ハイパー・コンペティション環境において一時的にしか持続しない競争優位をどう連鎖させるかが議論されている。これを研究するCompetitive Dynamicsの領域では「攻めの戦略」こそ競争優位につながっていることが検証されており、SCP Paradigmとの関係性をどう解釈するかが課題となっている。

2. 認知心理学ディシプリン

人間の合理性には限界があることを前提に、人や組織の情報処理能力と行動の関係を読み解く。論点は「情報処理のケイパビリティは何に左右されているのか」である。一般的にラーニング・カーブで表される情報処理のケイパビリティは、産業や組織によって大きく違うことが確認されている。どうすればケイパビリティを高め、より早く成長する組織になれるのだろうか。このメカニズムを解き明かすことに焦点がある。

このディシプリンにおける最先端の研究領域として、Transactive Memoryが紹介されている。Transactive Memoryとは「組織ならではの記憶力」の研究である。要は、個人の記憶であればWhat to knowが重要だが、組織の場合はWho to knowこそが組織の情報処理能力を左右しているということに着目している。また、Exploration(知の探索)とExploitation(知の深化)の違いから、イノベーションのジレンマがなぜ起こるのかという研究(Ambidexterity)も興味深い。

3. 社会学ディシプリン

個々の企業が取った行動ではなく、企業がその行動をとった社会的背景に着目して統計的に読み解く。その社会的背景を解き明かす視点として、人や組織が持つSocial Capital(社会関係資本)の大小や、人や組織同士のNetworkの結びつきの強弱に着目する。つまり、社会的「信頼」をうまく活用できる人や組織の方が、社会的不確実性を低下させ、結果として有利なポジションを築けるという観点に立っている。

このディシプリンにおける最先端の研究領域として、緩いNetworkの結びつきとイノベーションの起きやすさの関係性についての研究が紹介されている。これにより、組織同士の強い縦の結びつき(合併・子会社化)だけでなく、弱い横の結びつき(アライアンス・マイノリティ出資)が持つ可能性に光が当てられている。その他に、Networkの中で構造的に強いポジションを分析するStructural Holeの考え方も興味深い。

 

経営学は現実に「使える」学問なのか

このように、経営学は様々なアプローチであるべき経営を定義しようとしている。しかし、こうした研究の成果は、本当に現実の経営のシーンにおいて「使える」ものなのだろうか。著者は最終章において、科学としての経営学の限界と可能性について著者の考えをまとめている。

主流をなすアメリカ型の科学的経営学は、そもそも経営における統計的に「平均」的な活動を対象としており、競争優位性の高いはずの「はずれ値」を扱えていない場合がある。また、事実法則が分かっていても、理論的なメカニズムが解明されない限り受け入れられないという制約もある。その意味で、現実の経営からすれば、厳密に科学としての経営学をそのまま適用しようなんて「分かっていない」と批判せざるを得ないだろう。

しかし、若い経営学はダイナミックに変化しており、現実と理論のギャップを埋めるべく急激に進化している。その進化に対する著者の意気込みは熱い。本書を読んで、ひとりの経営の実務者として、経営学にどう向き合えばいいかをよく理解できたし、そして今後の経営学に対して大きな期待を持った。

 

『世界の経営学者はいま何を考えているのか』Referenceまとめ(英治出版Website)



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