指一本の執念が勝負を決める

指一本の執念が勝負を決める

華々しい事業再生の裏に

株式会社産業再生機構は、数々の事業再生に成功し、莫大な利益を残して2003年に解散した。

この成功物語を受けて、産業再生機構に続けとばかり、新たな再生機構が立ち上がろうとしている。

しかし、産業再生機構が“成功”できた裏に、様々な困難があったことは本当に理解されているだろうか。

当時のことは、再生の現場を見てきたメンバーから、僕も何度も話を聞いてきた。

事業再生のプロとして参画したはずのコンサルタント、会計士、弁護士たちは、

今度は再生の当事者として、ずぶの素人状態から“どぶ板”の活動で何とか成果を挙げてきた。

その中で、力尽きて戦死したプロフェッショナルも数知れないという状況だったという。

ボストン・コンサルティング・グループ出身でコーポレートディレクションの立ち上げにも

関わった冨山和彦(現経営共創基盤代表取締役CEO)も、そうした戦場を経験した1人だ。

彼が語る事業再生の現場における「執念」の物語は、読者にプロとして生きる厳しさと覚悟を求める。

プロフェッショナルは違う。リスクをとり、失敗を恐れずに、自らの価値基準と信念のもと、
勝てるかどうかわからない試合に挑み続ける。挑んだ結果、望まない結果に
終わってしまったとしても、ただでは終わらない強さと冷静さ、理性と感性をもっている。
自分の無力、無能さも体で覚えている。だからその結果は、単なる「失敗」にはならない。

 

 

極限の状況における判断力

冨山が語るのは、極めてシンプルなことしかない。

それは、タイトルにあるように「指一本の執念が勝負を決める」ということに尽きる。

カネボウやダイエーなどの再生の現場に赴いた彼が、戦略コンサルタントとして

メスを入れるべき窮境要因とおおよその解決の方向性を特定するのはやればできたはずだ。

しかし、彼を待っていたのは、分かっていても変わらないドロ沼の状況だった。

そんな状況を動かすには、「俺」が自分でやるしかない。

産業再生機構は41社をガバナンスしました。
それは機構が株をもっていて、国がやっているから出来た面もあるのですが、
具体的な局面で迫力を効かせられるのは、「だったら俺、社長代われるよ」と
言えるかどうか
なのです。そこに尽きてしまうのです。

会社が舵取りを間違えるのは、合理的判断から感情的に逸れてしまうためと富山は言う。

追い詰められた状況下で、目の前の問題の何が重要で何が重要じゃないかを整理して決断できるか。

成長の絵を描くシーンだけでなく、血も涙も許されない極限のシーンでも目を曇らせず判断できるか。

こうした土壇場の胆力が、経営のプロになれるか否かを究極的に分ける厳しい世界だ。

 

時に冷徹に、時に情に厚く

一方で、組織運営においては、血や涙こそ人を動かす原動力になる。

ファンドが送り込んだ経営者、競合と合併した企業の経営者、再建を図る二代目経営者。

再生の局面では、こういう既存のしがらみに放り込まれる経営者が増えてくる。

色々な経営課題や人間模様の中で、組織のベクトルを合わせ、どう動かしていくか。

会社がどの方向性に舵取りしたらいいかなんて話は、マッキンゼーでも雇えば、
当たり前の正しい結論を出してくれます。当たり前の結論は出てくるのですが、
戦略的な合理性で組織全体を引っ張っていけるか、あるいはそういう合意が作れるか、
多数派がそれで形成できて、みんながそうなるように、シーソーをぱったんと
反対側に倒せるかどうか、そこが成否の鍵であり、難しいところなのです。

こうした推進力を身につけるには、現場に出て、経営者として組織にぶつかる場数を踏むしかない。

昇進で経営者になってからでは遅い。だからこそ、一回一回の勝負が大切になる。

一回が十回となり、血肉になったとき、プロ経営者としての迫力が出てくるのだと思う。

最後に勝つのは、いつまでも粘り強く、自分で考え抜いて正しいと
判断したプロセスを踏みしめ、成功に向けて飽くなき追求をし、
その途中で出会う困難にも耐え抜き続けた人間である。



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